■救助件数の急増

 ヒマラヤのネパール側での救助件数は急増している。

 救助出動件数の正確な数を入手するのは難しい。ヘリコプター出動を中心で仕切る派遣隊のようなものは存在しないし、民間ヘリコプター会社10社は私に年間出動件数の詳細を明かしたがらなかった。あるいはデータを残していなかった。いくつかの会社からは、ライバル会社に出動件数が知れたら、狙われて潰されてしまうと言われた。

 そこで、トリップアドバイザーに頼ることにした。

 ヘリコプター救助に関する情報を求めて、ネパールを拠点とするトレッキング会社についてのレビューを読みあさり、そのレビューを書いた人たちにメッセージを送った。彼らとのやりとりを通じ、私は問題の大きさについてようやく本当に理解し始めた。私がやりとりした旅行者のうち半数以上が、トレッキングの行程を完了できずにヘリコプター救助されていたのだ。

エベレストのベースキャンプに物資を運ぶヘリコプター(2018年4月24日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

■ヘリコプター・ハイウエー

 レビューを書いた人々の中には無理やり救助されたと感じ、詐欺を疑って怒っている人もわずかにいたが、圧倒的多数は速やかにヘリコプターを手配し、エベレストのベースキャンプで突発した問題から救ってくれたガイドをほめたたえていた。

 私にはその無邪気さがどうにも理解できなかった。普通の風邪でヘリコプターで救助される必要があるなんて、どうして本気で信じるのだろう?標高の低い場所まで歩いて下りるよりもヘリコプターの方が安全だなんて、どうして思うのだろう?急性高山病の最初の症状である頭痛や息切れ、食欲減退や吐き気が始まったときの医師の通常のアドバイスは、歩いて下山することだ。標高が下がれば魔法のように症状は消える。

 私はさらにデータを入手し、この春、エベレスト地方を訪れたトレッキング観光客のうち、8%がヘリコプター救助を受けたという推計を出した。1日当たり最大17件だ。エベレストのクーンブ渓谷(Khumbu Valley)は「ヘリコプター・ハイウエー」と化していたのだ。

ネパール北東部ナムチェバザールを目指し、Labja Dorhan近くのつり橋を渡るトレッカーの一行(2015年4月17日撮影)。(c)AFP / Roberto Schmidt

 この詐欺がこれほど成功しているのは、高度の変化による症状の大半が、標高1400メートルしかないカトマンズに到着すると消えるからだ。ほとんどの場合、患者がヘリコプターに乗る前に命にかかわる高山病の症状を呈していたかどうか、医師は証明することができない。疑わしい場合でも、患者を救うことこそが医師の務めなので、必要のない救助かどうかチェックするためにできることはほとんどないと医師らはいう。おまけに病院や医師が詐欺の一味になっている場合もある。

 それでとにかく、誰にヘリコプター救助が必要かという判断は、ガイド(わずかを除いて応急処置訓練さえ受けていない)に委ねられることになる。

エベレストのベースキャンプにある緊急診療所(ER)で医師の診察を待つ患者(2018年4月24日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 実際に私の目の前でもそれが起きた。

 カトマンズで数か月間をインタビューに費やした後、私は自らハイキングブーツのひもを締め、エベレスト地方へ向かった。AFPの同僚でネパール人フォトグラファーのプラカシュ・マテマ(Prakash Mathema)と一緒に目指したのは、エベレストのベースキャンプ。エベレストへの玄関口となる小さな滑走路がある町、ルクラ(Lukla)から8日間のトレックだった。

 歩き始めて数日後の昼食時、モングラ(Mongla)という小さな村に到着した。お茶を頼むとすぐに救助に来たヘリコプターの音が聞こえた。私は患者を探しに出た。

ネパール北東部ナムチェバザール上方の山道で休憩する14歳のネパール人ポーター、ミラン・ライ君(2015年4月18日撮影)。(c)AFP / Roberto Schmidt

 英ロンドンから来た看護実習生のスニータさんは疲労困憊(こんぱい)し、吐き気を催していた。モングラまでの急斜面を上ってきただけで、もうこれ以上は無理だ、帰りたいと彼女は言った。

 引き返すために、なぜ徒歩で下るか、ポニーを借りて下りないのかと私は尋ねた。

 でも、彼女はヘリコプターに乗りたがり、ガイドも旅行保険でヘリコプターを呼べると請け合っていた。

 話している間、私の質問に対して、ガイドが目に見えていらついていくのが分かった。彼は何度か邪魔をした上、彼女を私から遠ざけて外へ連れ出した。戻ってくると、彼女はいっそうヘリコプターが必要だと確信していた。

 そこで彼女が発した一言が、警鐘を鳴らした。旅行保険には前日入ったばかりなのだと言う。

ネパールの首都カトマンズから約140キロ離れたエベレスト地方を歩くトレッカーの一行(2018年4月17日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 保険会社によっては旅行中の加入を認めないケースもあるが、多くは(後で私が確認したように彼女の保険会社も含めて)加入後72時間は猶予期間として保険を適用できないことを前提として、加入できる。猶予期間中に保険が適用され得るのは、事故に遭って支援が必要だった場合だけだ。

 しかしこのガイドは、彼女の保険でヘリコプター救助がカバーされることを会社で確認してあると言って、彼女を説き伏せ続けた。

 約1時間後、ヘリコプターが現れ、スニータさんはカトマンズへ向かって消えた。

ネパール・ナムチェバザールに近いモンラ村でヘリコプターに乗り込む負傷者(2018年4月17日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 私はその後も彼女と電子メールをやりとりした。最後に来たメールは救助から約3週間後のもので、その時も彼女は、保険会社が払ってくれると思うと書いていた。それからは返信が止まった。

 果たしてスニータさんが、事故に遭ったのだと言って保険会社にうそをつき、つまりは保険金詐欺に加担したのかどうかは分からない。あるいは保険会社が支払いを拒否し、彼女がおそらく必要のなかったヘリコプター救助の高額請求を自腹で払う羽目になったのかどうかも分からない。彼女のガイドは自分の取り分はないと否定したが、彼がかぶっていた帽子には、後に他の救助詐欺との関連を私が突き止めたトレッキング会社のロゴが入っていた。

 スニータさんは私に、ゴキョー渓谷(Gokyo Valley)への10日間のトレッキングツアー代として、950ドル(約11万円)を支払ったと語っていた(ゴキョー渓谷はエベレストの間近にあり、渓谷の上方からはエベレストの最高の眺めが得られる)。いくつかの業界筋に照会したところ、彼女が支払った額は、このルートのトレッキングツアーの原価さえ割っていた。それに10日間では、高地の薄い酸素に慣れ、急性高山病を予防する順応期間として十分でない。

ネパール・エベレスト地方のパンボチェ村から望んだ標高6812メートルのアマ・ダブラム山(2018年4月27日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem