【7月18日 AFP】イラクに駐在する外国大使にとって、現地の人々の心をつかむのは容易なことではない。だが、ユーモアに富んだソーシャルメディアの動画と現地なまりのアラビア語を駆使し、それを成し遂げた大使がいる。間もなく任期を終えようとしている日本の岩井文男(Fumio Iwai)大使(57)だ。

 バグダッドへ赴任してから3年に満たない岩井大使だが、そのファン層は厳重な警備が敷かれた旧米軍管轄区域「グリーンゾーン(Green Zone)」をはるかに超えて広がっている。

 特に昨年6月、サッカーW杯ロシア大会(2018 World Cup)行きを懸けたアジア最終予選の戦いを前に撮影された動画は、他のものに比べて圧倒的な視聴者数を集めた。痩せ形で眼鏡をかけた大使が着ていたのはイラクのユニホーム。イラクの対戦相手は、日本だった。

 73万人を超える人々が嬉々として視聴したこの動画の中で、岩井大使が「私たちのチーム(日本)が勝ったらうれしいが、イラクが負けたら悲しい」と語っていたことを、イラク人の公務員ハイダル・バンナー(Haydar al-Banna)さん(35)はよく覚えている。

 米国主導の侵攻によってサダム・フセイン(Saddam Hussein)政権が倒れてから15年。いまだ混乱から抜け出すことができていないイラクで岩井大使の動画は共感を呼び、人々は大使のことを自分たち自身のように感じたという。バンナーさんは「彼はイラク人だとみんなが言っている。ここに50年間、住んでいる人みたいだ」と語った。

■「彼の新しい動画見たか?」

 岩井氏のアラブ世界への旅が始まったのは30年前。外務省からアラビア語を学ぶように命じられたことが発端だった。若き外交官だった岩井氏は家族と共に2年間エジプトで過ごし、アラビア語の学習に没頭。それから30年、今もこの言語を極める「出発地点」にいると岩井氏は語る。

 バグダッドで岩井氏の名前を口にすると、「彼の新しい動画を見たか?」という言葉が一様に返ってくる。

 伝統に敬意を払いつつ、スマートフォンとソーシャルメディアに夢中な現代のイラク人にアピールするにはどうしたらよいか、岩井氏はよく知っている。動画は短く、通常1~2分。アラビア語のあいさつ「サラーム・アライクム」やイスラム教の慣習をちゃんと行い、それから話題へと入っていく。

 ある動画ではイラクの伝統衣装に身を包み、黒と白の模様が入った男性用のスカーフ「カフィーヤ」を肩にかけて登場。「この素晴らしい格好を見てほしい。正真正銘のバグダッド市民のようだ」と笑顔で語り掛けた。

 岩井大使はAFPに対し、他の外交官たちが市民との交流にソーシャルメディアを活用していないことに驚いていると語った。岩井氏いわく、「アラビア語を話せる大使は数人いるが、アラビア語で現地の人々に話しかけることはまれだ」という。

 岩井大使はイラクを離れるにあたり、寂しく感じるものがいくつかあると言う。例えば、イラク版のすしともいえる野菜の詰め物「ドルマ」だ。

 だが、もうこりごりと思っているものも一つある。それは「気候」だという。イラクでは夏の気温がしばしば50度を超えるが、岩井大使は「ここに来るたび、どんどん暑くなっているように感じている」「コンクリートの壁や緑地の減少、大気汚染と関係しているのかもしれない」と語った。

 岩井大使は今月、イラクをたつ予定だが、ファンたちは大使がイラク国民になってほしいと願っている。ネットでは、将来の復興相にと推す声もある。だが、岩井氏は日本で二重国籍は認められていないと指摘し、外交官らしい礼儀正しさで当惑を引き起こす事態を避けた。(c)AFP/Ali Choukeir