【5月7日 AFP】イラクのかつての独裁者で2006年に処刑されたサダム・フセイン(Saddam Hussein)元大統領(当時69)は、生まれ故郷アウジャ(Awjah)村に埋葬されたが、その霊廟(れいびょう)は現在、崩れたコンクリートと絡まるワイヤがむき出しになったがれきと化している。遺体が納められている形跡はない。

 四半世紀にわたってイラクで冷酷な独裁者として振る舞ってきたフセイン元大統領が2006年12月30日明け方に絞首刑に処せられると、長年同国で抑圧されてきた多数派のイスラム教シーア派(Shiite)は歓喜し、同大統領と同じスンニ派(Sunnis)は屈辱的な出来事と捉えた。

 当時の米大統領ジョージ・W・ブッシュ(George W Bush)氏は、イラクの首都バグダッドからアウジャ近郊の北部都市ティクリート(Tikrit)まで米軍ヘリコプターで遺体を直ちに移送する計画に自らゴーサインを出した。ところが今日、数十年間イラク国民に恐怖を与えた男が永眠する地では疑念が生じ、謎が深まっている。遺体はまだアウジャに眠っているのか、それとも掘り起こされたのか。もしそうだとすれば、今どこに?

 フセイン一族が属するアルブ・ナースィル(Albu Nasser)一族の指導者マナフ・アリ・ニーダ(Manaf Ali al-Nida)師は、遺体が搬送されてきた際、すぐに埋葬することに家族が同意した署名入りの手紙を今も大切に持っている。

 フセイン元大統領の遺体は、本人が数年前に造らせていた霊廟に夜明け前に安置された。霊廟は華やかに飾り立てられ、元大統領の誕生日である4月28日になると、支持者や地元の学童らが訪れる巡礼地となった。

 しかし今日、霊廟はがれきと化し、中に入るには特別許可が必要となる。ニーダ師は村を追われ、イラクのクルド人自治区に避難した。

 イラクの伝統的衣装を着てカフィーヤと呼ばれるアラブのヘッドスカーフを巻いたニーダ師は、2003年の米国主導のイラク侵攻以来、自身の一族はフセイン元大統領と「近しかったために抑圧」されていると話した。「同族というだけで、これほど大きな犠牲を何世代にもわたり強いられるのは普通のことではない」