■「サッカーは社会のあらゆる人々を受け入れる」

 スラエマンさんの忍耐はやがて報われた。電子工学の学位を取って大学を卒業した時、友人が地元のサッカーチームに入らないかと誘ってくれたのだ。「サッカーは僕にとって妻みたいな存在。あまりに好きすぎて、ガールフレンドにはやきもちを焼かれるくらいだよ」と笑う。

 だが、スラエマンさんの力を疑う人もいる。「最初のトーナメントに出場したときには、相手チームの監督に本当にプレーできるのかと聞かれたよ」 

 生まれつきの障害のために困難があるにもかかわらず、スラエマンさんは義足を着用しようと思ったことはない。「靴だって履かないくらいだ。靴を履いたのはスコットランドで試合をしたときだけだね」。それも安全面を気にした大会の主催者側の懸念を和らげるためだったという。

 その大会は2016年にグラスゴーで行われた「ホームレス・ワールドカップ(Homeless World Cup)」で、スラエマンさんはインドネシア代表チームに加わって出場した。毎年恒例のこの大会はホームレスという状態に関する認識を一般に高めてもらおうという狙いで、選手としてはホームレスの人たちの他、薬物依存からの更生者や難民、障害のあるアスリートらも出場している。

 スラエマンさんはこの大会でベストキーパー賞を受賞した。素晴らしい興奮の瞬間だった。「現実とは思えなかった。初めて行った外国で、ベストキーパーに選ばれるなんて」

「サッカーは本当に社会のあらゆる人々を受け入れる」とスラエマンさんは言う。「僕のように体に障害がある人や貧しい人も、見下されたり悪く言われたりすることなく全員が参加できるんだ」

 スラエマンさんの才能は、西ジャワ(West Java)州のスポーツエージェンシーの関心を捉えた。政府が、これまであまり脚光を浴びてこなかったインドネシアの障害者スポーツの強化に乗り出す希望も見えてきた。

 電子機器修理の店を経営して生計を立てているスラエマンさんは、サッカーに対する愛情を広めようと、地元の町マジャレンカ(Majalengka)にフットサル愛好者のコミュニティーをつくり、いくつかの中学校でコーチもしている。いつの日か、パラリンピックのような大きな大会に出場すること、そして他の障害者アスリートたちに刺激を与え続けることを夢見ている。(c)AFP/Dessy SAGITA