【1月1日 AFP/AFPBB News】欧州の主要リーグへのステップアップを夢見る日本人サッカー選手たち。彼らを密かに引き付けているのが、モンテネグロのサッカーリーグだ。同国のリーグでは、現在22のプロクラブに約20人の日本選手が所属し、5年間で約150人が、日本からモンテネグロリーグでのプレーを経験している。

 2017年に首都ポドゴリツァ(Podgorica)で創設された新しいクラブ、FKアドリア(FK Adria)は、エンブレムに風光明媚(めいび)なコトル湾を基調に、逆さにすると桜島に見えるという非常に日本とゆかりの深いデザインを採用している。ゼネラルマネジャー(GM)を務める大迫貴史(Takafumi Osako)氏の出身が鹿児島ということもあり、日本とモンテネグロが手を取り合い、そして世界で活躍する人材を育成したいという思いが刻まれている。

 クラブの練習に参加した21歳の学生、金野聖也(Seiya Kinno)選手は「欧州でサッカーをするのがずっと夢でした。モンテネグロはチャンスがあって這い上がれる場所だと聞いたので、ここで頑張って上を目指したいと考えています」と語った。

 経済的にも、文化的にも接点の少ない日本とモンテネグロだが、両国はこのところサッカーを通じてつながりを深めつつある。モンテネグロサッカーといえば、レッドスター・ベオグラード(Red Star Belgrade)とACミラン(AC Milan)で欧州制覇を果たし、現在はモンテネグロサッカー協会の会長を務めるデヤン・サビチェビッチ(Dejan Savicevic)氏が同国史上最高の選手として知られているが、旧ユーゴスラビア圏の指導者には域外で働く伝統があり、日本に活躍の場を求めた人材も多かった。

 現在の日本代表では、さまざまな国での指導経験を持つヴァイッド・ハリルホジッチ(Vahid Halilhodzic)監督が2018年のW杯ロシア大会(2018 World Cup)へチームを導き、イビチャ・オシム(Ivica Osim)氏は2006年から2007年にかけて日本代表の指揮を執り、「ピクシー」ことドラガン・ストイコビッチ(Dragan Stojkovic)氏は、選手と監督の両方で名古屋グランパスエイト(Nagoya Grampus Eight)に携わった。

 現在チームの指揮を執るモンテネグロ人のページャ・ステボビッチ(Pedja Stevovic)氏とコーチ兼GMの大迫氏は、日本やヨーロッパでの指導経験を経て2013年から日本の選手をモンテネグロへと呼び寄せるようになった。そして今年、2人はFKアドリアを創設し、日本では考えられないほど老朽化した設備を使っているクラブの多いモンテネグロで上位ディビジョンへの昇格を目指している。

 両氏は「モンテネグロ人はハングリーな環境からくるチャレンジ精神、そこから生まれ個の強さがあり、一方で日本人の強みは規律や勤勉性和の心にあります。人種が手を取り合い交わることで、組織としても、個人としても大きく成長する」と話している。

「日本ではまずJリーグでプロになり、ヨーロッパのチームからオファーをもらうのが通常だが、今はもう一つの道として、日本でプロになれなかった選手でもモンテネグロ経由で世界へとステップアップをするサッカー市場に注目が集まっている」

 モンテネグロへやってくる日本人選手は18歳から22歳の選手が中心であり、現在は留学生が3人いる。同国で選手として2年以上プレーした25歳の林雄介(Yusuke Hayashi)選手は、「組織が優先」の日本を飛び出して「自分を出していくこと」を学びたかったとし、「こちらへ来て驚いたのは、ハングリー精神やチャレンジ精神を選手からすごく感じられることで、日本ではそういう機会はあまりありませんでした」と話すと、夢はオーストラリアのクラブから声がかかることだと明かした。

 モンテネグロの選手も、日本の選手から自分たちにないものを学んでいる。チームに所属する19歳のラドイェ・ヴラロビッチ(Radoje Vlalovic)選手は「日本人は決してあきらめないし、彼らの規律や勤勉性、真面目さは僕らも見習いたい」と話している。

 両氏は「日本人は武者修行をしにここへ来ます」と話しており、実際にステップアップを果たした選手も出て来ている。

 2013年にFKムラドスト・ポドゴリツァ(FK Mladost Podgorica)に所属した石原卓(Taku Ishihara)選手は、ドイツ・ブンデスリーガ2部へ羽ばたき、FKルダル・プリェヴリャ(FK Rudar Pljeljva)で2年を過ごした加藤恒平(Kohei Kato)選手は、ポーランドを経て現在はブルガリアのPFCベロエ・スタラ・ザゴラ(PFC Beroe Stara Zagora)でプレーし日本代表にも選出された。

 両氏によれば「旧ユーゴ圏を経て西欧の国々へ」というのは「自然なルート」だと話し、別の効果として「欧州を経験した選手はアジアへ戻ったときに価値が上がる」ことも挙げている。(c)AFP/AFPBB News