【12月22日 AFP】100個ものスピーカーでできたドレスはファッションステートメントかもしれない。しかし作曲家パウチ・ササキ(Pauchi Sasaki)にとって、その美学はもっと深く、人間らしさを表現するためにある。

 ペルー出身の彼女は作曲家フィリップ・グラス(Phillip Glass)の弟子で、最も影響力のある存命の作曲家の一人だ。かつてリマ(Lima)近郊にあるパチャカマック(Pachacamac)遺跡でバイオリンを演奏した際、電力源がないことに気付き、自分の体に拡張器を装着して演奏した。それ後ササキは、スピーカー100個を肩から膝までを埋め尽くしたた「スピーカードレス」を生み出した。

 先日、グラスが見守るなかニューヨークのカーネギー・ホール(Carnegie Hall)で新曲「GAMA XVI」を発表した。その際も彼女はスピーカードレスを着用した。

 スピーカードレスについてササキは、「(ドレスは)アイコニックな力を持っていて、人々はそれを『とてもクールだ』という言葉でまとめたがることに気付きました」と語った。「しかし、この楽器の魂を全面に出したかった。バイオリンやピアノなど、どの楽器にもスピリットがあるからです」とAFPに明かした。

 スピーカードレス自体に音を作り出す力はなく、ササキのプログラムに繋がっている。しかし彼女は、様々なピッチやトーン、強弱でクラシック音楽を奏でるように演奏できる。これはマウスピースや身体的接触を通してソフトウェアを起動させ、その信号がプロセスされ、ドレスのスピーカーへと伝達される。

 ササキはこの複雑な仕組みは、多くの人々の体験や交流を、スマートフォンやスピーカーなどのテクノロジーを通して行われている21世紀にぴったりだと考えている。

「私は何かを生み出す物体を作っているわけではなく、人のジェスチャーを表現する方法を作っています」「楽器を通してニュアンスを届けられるようにしたい。人の感情はでたらめや考えだけではなく、ふとした瞬間であったり、疑念や強さなど、様々なものが含まれているからです」

 初めてスピーカードレスを着用して演奏した時、ササキの髪に引火してしまった。その経験を活かし、後に配線そのものを考え直した。今ではその安全性に自信を持っている。

■グラスの下で学んだ一年

 ペルーで映画の音楽を作曲し、自分のルーツでもある日本で活動もしているササキは、昨年までもっと勉強したいと考えていた。

 そんな時、ラグジュアリーウオッチメーカーである「ロレックス(ROLEX)」が後援するグラス指導によるプログラムに選出されたのだ。グラスはこの最終選考でササキの面接を行った。

 カーネギーホールでアメリカン・コンポーザーズ・オーケストラ(American Composers Orchestra)と共に行われた「GAMA XVI」の演奏でササキは、スピーカードレスの物性だけでなく、自身の物性も探求した。

 ホール後方から入場したササキは、スピーカードレスから最初わずかに音を出し、観客は誰かが携帯電話を切り忘れているのではないかと、困惑した様子で回りを見渡した。

 ササキはゆっくりとステージへと進み、電子音とオーケストラが徐々にまじりあい漠然としたユニゾンへと変化していく。その中、プロジェクションによって長方形がチカチカと投影され、時空を超えた空間に観客が舞い込んだような感覚にさせた。

 第三楽章目でグラスに頷くと、アンデスのフォークミュージックにインスパイアされた繰り返しのモチーフがバイオリンのソリスト、ティム・フェイン(Tim Fain)によって奏でられ、メロディが現れたことによって「GAMA XVI」は完全なバランスへと構成された。

 ササキの新曲発表後グラスは観客に向かって、ササキの楽曲は「人々が聞くべき音楽」だと語り、「インスパイアされた作品で、とてもナチュラルで、個性的な音だ。こういった音楽は学んで書けるものではない」と説明した。

 1960年代にシタールの名演奏家、ラビ・シャンカル(Ravi Shankar)との関わりが、自身の音楽人生においてとても重要なことだと話すグラス。しかし指導者としては、今でも正解が分からないと言う。ササキについてグラスはこう話す。「彼女や彼女の才能を疑ったことはない。しかしそれをどうにかできる自分の力量は疑っている」(c)AFP/ Shaun TANDON