【12月17日 AFP】今月5日に死去したルーマニアのミハイ(Michael)元国王の国民葬が16日、首都ブカレストで行われた。

 第2次世界大戦(World War II)当時の各国指導者のうち、存命する人の一人だったミハイ元国王は、白血病との闘いの末に今月5日、スイスで死去した。96歳だった。

 ドイツのホーエンツォレルン(Hohenzollern)家の血を引くミハイ元国王は、1927~30年と40~47年の2度にわたってルーマニア国王の座についた。2度目の在位時にはイオン・アントネスク(Ion Antonescu)元帥を追放し、ルーマニアをアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)率いるナチス・ドイツ(Nazi)に対抗する連合国側に加えた。

 しかし戦後の共産党政権によってルーマニアの王制に終止符が打たれた。ミハイ元国王は1947年12月、退位させられ、亡命を余儀なくされた。

 市民権を剥奪されたミハイ元国王は、最終的にスイスに居を構え、航空関係の仕事や農業をしながら慎ましく暮らしていた。ルーマニアへの帰国がようやくかなったのは2002年になってからだった。(c)AFP