【11月6日 AFP】小さなボートで岸へたどり着く彼らを撮影しようと、私は夜、浜辺で待っていた。砂浜を無言で歩く彼らは疲れ切った様子で、私のことなどまったく気に留めていなかった。まるで海から浜へ上がった幽霊のように見えた。暗闇から突然、1人の幼い男の子が、私の携帯電話の光につられて歩み寄ってきた。両手で顔を挟みながら目の前で立ち止まったその子は無表情だった。次にどうすればいいのかも分からず、完全に途方に暮れているようだった。

 

(c)AFP/Fred Dufour

 

 今回の任務でバングラデシュに着くまで、私はあえてロヒンギャの難民危機を取材した報道写真を見ないようにしていた。フォトグラファーにとって最も良くないのは、自分が思い描いている通りの写真を撮ろうとすること、それによって実際に周りで起きていることを見失うことだ。私は現場に行ってから物事を見ようと心に決めた。

 

ナフ川を渡るロヒンギャ難民(2017年10月9日撮影)。(c)AFP/Fred Dufour

 

 がくぜんとしたことの一つは、彼ら全員がとにかく疲れ果てていて、ショック状態に陥っていたことだ。私がそこにいようが、どれだけ写真を撮ろうが、最初から誰もまったく関心がないようだった。ショックがひどすぎて、私のことが目に入ってさえいないようだった。絶望し切っていて、ただ体だけが動いているようだった。まるで浜辺の幽霊のようだった。

 

2017年9月29日撮影。(c)AFP/Fred Dufour

 

 この仕事には自分から志願した。人間のありようを取材することが好きだし、危機の中で自分たちのために闘う人々に魅了されている。

 

2017年10月9日撮影。(c)AFP/Fred Dufour

 

 しかし、ミャンマー国境に近いバングラデシュのコックスバザール(Cox’s Bazaar)に着いた途端、この状況の非道さ、恐ろしさに驚がくした。人間であれば、自分が目にしている悲惨な状況に影響されないわけがない。けれど、私には任務があり、事あるごとに、これは仕事なのだと自分に言い聞かせるようにした。すごく難しかった。

 

2017年10月9日撮影。(c)AFP/Fred Dufour

 

 目の前に5人の子どもたちの遺体があるのに、感情を押し殺すなんて到底できない。自分の子どもたちのことが、どうしても思い浮かぶ。込み上げてくる感情に対する準備が私にはほとんどなかった。現場に着くとまずは出来るだけ多くの情報をつかんで、感情は心にしまい込もうと努めた。

 どうすれば最も良い写真が撮れるか、仕事に集中して、遺体からは適度な距離を置くようにした。必要以上に長くカメラを顔につけたままのときもあった。そうすれば涙を隠せた。「集中しろ、仕事だ、仕事だ、仕事だ」。何度も自分に言い聞かせた。「感情に流されるな」

 

食料援助を待つロヒンギャ難民(2017年10月6日撮影)。(c)AFP/Fred Dufour

 

 私はとにかく長時間、働いた。自分も少しは苦しんでいるのだと納得するための、自分なりの小さな手段だったのだと思う。そうして疲れてしまえば、自分の周りで起きている悲惨な状況について考えるエネルギーは残らなかった。毎晩ホテルへ帰ると、一杯飲まずにはいられなかった。

 私はあの人たちから距離を置くようにしていた。特に最愛の人を失い、嘆き悲しむ人々から。彼らは私のことなど気に留めていなかったろう。けれど私は彼らへの敬意から、24ミリの広角レンズを持って近付くことはしなかった。それから、私の目をまっすぐ見つめてきた人たちを撮影することも避けた。うつろな目をした人々ばかりの中で、私の目に飛び込んできたのは彼らだったのだが…。

このコラムは、中国・北京を拠点に活動するAFPのフォトグラファー、フレッド・デュフォー(Fred Dufour)が執筆し、2017年10月16日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

 

バルカリで(2017年10月4日撮影)。(c)AFP/Fred Dufour

テクナフで(2017年10月5日撮影)。(c)AFP/Fred Dufour

テクナフで(2017年10月8日撮影)。(c)AFP/Fred Dufour