【7月31日 AFP】あれからもう何日もたったが、私はまだ地上に違和感を覚えている。フランス革命記念日(Bastille Day)に、軍のヘリコプターに乗ってパリ(Paris)上空を2時間以上にわたって旋回した経験は、そう簡単に忘れられるものではない。 

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 私の子どもの頃の夢は海軍航空部隊のフォトグラファーになることだった。もっと大きくなってから、真剣にその道に進もうとしたこともあったが、結局は報道写真家になった。ヘリからの撮影はこれまでにも経験がある。フランス西部ナント(Nantes)でAFPの契約フォトグラファーとして10年以上働いてきた間に、ヘリからセーリングの競技大会やモンサンミッシェル(Mont Saint-Michel)を撮影してきた。しかし、都市の上空を飛んだことはなかった。まして、毎年7月14日にパリで行われる壮大な軍事パレードを空から撮影したことなど一度もない。だから、ナントから出てきてこの日の撮影チームに加わらないかという話がAFPからあったときには、すぐに飛びついた。 

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 朝9時、AFPのバイクがパリ南西にあるビラクブレ(Villacoublay)空軍基地で私を降ろした。上空撮影のためのヘリは全機がそこに待機していた。

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 私が乗るのは、パリ上空に飛行機が迷い込んできた場合に阻止するために普段、この基地に待機しているヘリコプター「フェニック(Fennec)」だった。そのヘリに同乗するフォトグラファーは他に1人しかいないという。何ともぜいたくな話だった。

 治安上の理由から私たちのヘリは、エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領とドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領がパレードを見ている場所から少なくとも1キロの距離を保つ必要があった。機体に問題が生じた場合は、パリ北方のル・ブルジェ(Le Bourget)空港に向かい、深刻な場合はスタジアムに緊急着陸すると言われた。

スタッド・ジャン・ブーアン(奥)とパルク・デ・プランス(手前)。(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 飛行中はヘリからカメラの機材を一つも落としてはならないと念を押された。私はカメラ2台にそれぞれ、広角の24-120mmレンズと、望遠の200-500mmレンズを付けて持っていた。私ともう1人のカメラマンは左右に並び、安全に固定され、足を機体の外側に取り付けられた状態で撮影することになった。

 私は同僚とカフェテリアでコーヒーを飲みながら準備を見守った。誰もが笑顔をたたえていた。パイロットたちは皆、ジャンプスーツにレイバンのサングラス姿。雰囲気はリラックスした『トップガン(Top Gun)』だった。

 私たちは午前10時15分、誰よりも先に離陸した。航空ショーだけではなく、記念式典すべてを写真に収めるためだ。

 モンマルトル(Montmartre)地区のサクレクール寺院(Basilique du Sacre-Coeur)、凱旋門(Arc de Triomphe)、エッフェル塔(Eiffel Tower)の上空をロケハン飛行した。航空ショーの飛行機が迫って来ると、私たちのパイロットは警告してくれた。助かった。すべてはまるで数秒のようだった。最初は仏空軍のアクロバット飛行チーム「パトルイユ・ド・フランス(Patrouille de FrancePAF)、次は米空軍のF16やF22戦闘機だった。

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 そして、それらは去っていき、首都上空は私たちだけのものになった。

■キャンディーストアの子ども

 パイロットに色々な場所へ行けるかと聞くと、彼は私の要望を管制塔に伝え、私たちはほぼすぐに了承を得た。パイロットたちは私たちと同じようにパリ上空の飛行を楽しんでいるようだった。私たちはあちこちを見たいと頼み続け、彼らは次々と連れて行ってくれた。「ルーブル美術館(Louvre Museum)へ行こう」

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「サクレクール寺院へ行こう」

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「今度はノートルダム大聖堂(Cathedral Notre-Dame)へ」

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 私たちはキャンディーストアにいる子どものように大はしゃぎだった。

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 私はヘリに乗る前、どんなものを見せたいのか、ずいぶん考えた。まずはパリの建造物だったが、幾何学的な都市設計も見せたかった。何か特別なものを、特に光が良ければ撮りたかった。

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 上空からの眺めは素晴らしかった。街は想像していたよりも密集していた。パイロットが何度も戻ってくれたおかげで、凱旋門の素晴らしい写真を撮ることができた。私たちにとっても彼らにとっても楽しい飛行になった。このようにパリの上空を行ったり来たりできるなんて、何という自由だろう。私にとっては子どもの頃の夢がかなった瞬間だった。このようなチャンスは二度とないかもしれないから、できるだけ目を見開いて、この希少な機会を存分に楽しもうとした。「凱旋門へ行こう」

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 とても楽しかったから、時間はすぐに過ぎた。2時間以上の後、私たちは突然、基地へ帰る時間が来たことに気付いた。

(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

 おかしな話に聞こえるかもしれないが、その日の私のお気に入りの写真の一枚は、地上から撮影したものだった。離陸前にヘリを点検しているパイロットの写真だ。あれだけ美しい飛行に必要なのは、人間の力だ。あの日の思い出として残る記憶の一つは、あの短い時間でパイロットたちと仲間意識を築くことができたことだ。飛行後のブリーフィングでの談笑中、彼らは私のことを「ジャンセブ」とニックネームで呼んだ。

 家に戻り、家族や友人、同僚らに、7月14日に私が何をしていたか話すと、皆、口々に感嘆の声を上げた。正直言うと、私の一部はまだあのヘリで空を飛んでいる気がする。地上に戻りたがらないのだ。(c)AFP/Jean-Sebastien Evrard

このコラムは、仏ナントを拠点とするカメラマン、ジャンセバスチャン・エブラール(Jean-Sebastien Evrard)が、AFPパリ本社のピエール・セレリエ(Jean-Sebastien Evrard)記者、ヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2017年7月21日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

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