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S・ベイユ氏死去 アウシュビッツ生還後、仏で中絶合法化に尽力

2017年7月1日 13:11 発信地:パリ/フランス

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S・ベイユ氏死去 アウシュビッツ生還後、仏で中絶合法化に尽力
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仏ニースで、第2次世界大戦中にナチス・ドイツの強制収容所に送られた自身のきょうだいやユダヤ人の子どもたちを追悼する式典に出席したシモーヌ・べイユ氏(2007年10月16日撮影)。(c)AFP/VALERY HACHE

【7月1日 AFP】ナチス・ドイツ(Nazi)のアウシュビッツ・ビルケナウ(Auschwitz-Birkenau)強制収容所の生存者で、女性として初めて欧州議会(European Parliament)議長に就任したシモーヌ・べイユ(Simone Veil)氏が6月30日、自宅で死去した。89歳。息子のジャン・ベイユ(Jean Veil)氏が発表した。

 人工妊娠中絶の合法化を推進するなど女性の権利を象徴する人物として知られ、フランス政界に多大な功績を残したベイユ氏の死を受け、同国のエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)大統領はツイッター(Twitter)で、「フランスが到達し得る最高峰の存在」とたたえ、「どうか彼女という模範が私たち国民を鼓舞してくれますように」と哀悼の意を表した。

 仏大統領府は5日に国葬を執り行うことを発表。葬儀当日には、公共の建物で欧州連合(EU)旗とフランス国旗に喪章をつけて半旗を掲揚することを表明している。

 ベイユ氏は1927年7月13日に地中海(Mediterranean Sea)に面した仏ニース(Nice)でシモーヌ・ジャコブ(Simone Jacob)として生まれ、1944年にアウシュビッツに強制収容された。両親と4人きょうだいの1人を強制収容所で亡くしている。生き延びた2人のきょうだいのうちの1人も、後に自動車事故で亡くなっている。

 いつも髪をきちんとまとめ上げ、シャネル(Chanel)のスーツを着こなし、落ち着いたたたずまいだったベイユ氏は、倫理的な問題に関して確固とした姿勢を貫くことで崇敬を集めた。若くして判事になった頃にはフランス国内の刑務所の環境改善を目指してロビー活動を行った。

 政治家として特筆すべき功績は、1974年に人工妊娠中絶の合法化を導いたことだ。議会が25時間にもわたって紛糾する中、反対派議員らから妊娠中絶をホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)になぞらえた非難を浴びながら法案可決に持ち込んだ。

 欧州統合に確固たる信念を持ち、1979年に初めて実施された欧州議会の直接選挙で女性として初めて議長に選出され、3年間同職を務めた。

 フランスの世論調査では、最も信頼できる人物の一人として常に高い人気を集めてきた。(c)AFP

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