【2月28日 AFP】2月初めに私が撮影したのが、最後の「タフガイ(Tough Guy)」レースだったことが残念でならない。ものすごい写真が撮れるだけではなく、なんとも楽しい時間を過ごせるイベントでもあったからだ──拷問に耐え抜くために金を払って楽しむことができるなんて、なんと素晴らしいんだろう。

 サバイバル力を競うこの手のレースは今や、英国中にある。だが、1986年に始まったタフガイ大会は、自らこそがオリジナルであり、最も過酷なレースだと称している。そんな大会をなぜやめてしまうのか、私にはよく分からないが、なくなれば寂しくなるのは間違いないだろう。

(c)AFP/Oli Scarff

 これは基本的に、体をいじめ抜くことが大好きな、無謀なアウトドアタイプの連中によるアドベンチャーレースだ。最初は、障害物だらけの野原や丘を駆け抜けるクロスカントリー走から始まる。さまざまな障害があるが、中には完全に罰としか思えないようなものもある。

 私のお気に入りの障害の一つは、参加者たちが四つんばいになって抜けなければいけない巨大なトンネルだ。中は真っ暗で、上には馬などを逃がさないためによく使う電気柵が帯状に張られている。要するに参加者は顔を泥につけ、上を走る電気に若干感電しながら、真っ暗闇の中をはって抜ける。そして彼らは、この体験をするために金を払っているのだ。毎年参加する人さえいる。

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 フォトグラファーとして、このレースは夢だった。英国のイングランド(England)地方で開催されるレースに、彼らは奇抜なコスチュームで参加する。さらにこのレースは有名だから、真剣そのものの参加者が欧州中から集まっていた。私が目にしただけでも、オランダ人、フィンランド人、チェコ人がいた。前の年ははるばる日本から来た参加者たちもいた。たぶん、英国人よりもちょっとばかり真剣にやってやろうという連中が大勢いた。彼らはいい被写体にもなった──おかしなコスチュームは着ていなくても、よくある派手なランニングウェアを着た参加者がたくさんいた。だからレース前とスタート時にはいつも本当にいい写真が撮影できる。

(c)AFP/Oli Scarff

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 参加者たちが位置について、狂気のスタートとなる。煙が上がる中、とにかく大勢が一斉にスタートを切る場面は奇想天外な写真になる。

 それは5分ほどのことで、私は他のメディアのフォトグラファーたちや、レースを観戦しに来た何百人もの観客と一緒にとり残される。だが次は、常軌を逸した障害物のあるコースが待っている。

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 このレースは以前にも取材したことがあったので、どんな内容かは予想がついていたが、それでもコースを少し偵察するために3時間早く現地に行った。今年気に入った障害の一つは、沼地のとりわけ過酷なコーナーだった。

 簡単に言うと、そのコースは凍結寸前の水温の沼に向かって下っていくようになっていて、深さも頭が水面からやっと出るぐらいまである。沼には丸太が渡してあって、頭を水面から出してどうにか進むと、丸太に遭遇する。ここで、頭を丸太の下に沈めないと向こう側へ行けない。写真的には素晴らしい絵だ。

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 頭を沈めて丸太の向こう側に出てきた彼らは息を吸おうとあえぎ、見るからに震え、苦しみのあまり叫ぶが、さらに続けざまに3本の丸太を越えないとならない。ここもまた撮影に絶好の場面だ。彼らがどこでいつ頭を出して、苦痛の表情を見せるかが分かるからだ。

 万が一、競技者が危険な状況に陥ったときには沼から助け出すために、安全係もたくさんいて、彼らも声援を送り競技者たちをたきつける。この雰囲気も何とも言えない。

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 もう一つ今年のコースで良かったのは、火の中を走り抜けるコーナーだった。これは干し草の俵に火をつけ、競技者が火の上を走っていく間、ボランティアが絶えず俵を足していく。

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 こういうイベントは、どこにカメラを向けてもいい写真が撮れそうだから、フォトグラファーは気を抜くと思うだろうが、私にとってはその反対だ。もっといいショットを見逃しているのではないかと常に考えているために、少しプレッシャーを感じる。

 ある障害の場面を撮影しながら、「前の障害で見た、アロハシャツを着てソンブレロをかぶった人は、私がここにいる間に通るだろうか。すごい写真を撮り逃さないだろうか?」といったことを考えたりする。

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 いつも、このイベントを取材する他のフォトグラファーたちとは、とてもフレンドリーな雰囲気になる。私たちフォトグラファーは常に仲が良いものだが、特にこういう広い場所でのイベントのときはなおさらだ。一か所にぎゅうぎゅう詰めになって、一番いいアングルをめぐって争ったりしているわけではないからだ。

 今年はレースの最後まではいなかった。午後1時ごろには、どしゃぶりが始まったからだ。そうなると競技者は皆、泥まみれになって写真もさえず、カラフルさもなくなる。加えて、私が追っていた競技者の大半は早く行ってしまったため、私も後に続くしかなかった。

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 たぶん私自身もひどい格好になっていたに違いない。ウェリントン・ブーツと防水ズボンをはいていたが、下半身は完全に泥だらけだった。それに雨が降っていたため、カメラを2台、首からぶら下げていた上半身は完全にずぶぬれだった。

 このレースの写真が撮れなくなることを、私は本当に寂しく思うだろう。素晴らしい写真が撮れただけでなく、心底、取材が楽しめるイベントだったからだ。その場にいた誰もが素晴らしい時を過ごしていた。ほとんどの人がそこで苦痛を感じていたことを考えれば、驚くべきことだ。しかも彼らは皆、自らの意思で参加したのであって、誰にも強制されていない。

 そしてあの雰囲気の中で、肌も服も関係なく全身泥まみれになり、男性も女性も飛んだり跳ねたり、何かおかしなことをしている。これぞ、カレンダーに印を付けておきたい、奇妙ですてきなイベントだ。すごく人気があるのに、なぜやめてしまうのか。私には分からない。何か代わりとなるようなイベントを思いついてほしい。

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 このイベントできっと忘れることがないだろう、すべてを表した1枚の写真がある。スタート時に撮影した女性だ。面白いドレスを着て、顔はメキシコの「死者の日」をモチーフにしたメイクをしていた。スタート地点では、彼女はとても楽しそうでにこやかだった。衣装にかなり力を入れたことがうかがえた。だがレースが始まってしばらくして彼女を見ると、もはや完全に泥にまみれていた。そしてその頃には彼女は疲れ切り、もはや楽しそうでも幸せそうでもなかった。

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 しかも彼女の先はまだ長かった。私はスタート地点で、彼女がこのレースに18回やそのくらい参加していると話していたのを立ち聞きしていたから、問題なく完走するだろうと信じていた。だが、彼女の様子も表情もスタート時と全く変わっていた。その差は信じられないほどだった。(c)AFP/Oli Scarff

このコラムは、パリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者が執筆し、2017年2月14日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

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