【12月28日 AFPBB News】「いよーお!パパパン、パパパン、パパパン、パン!」。威勢のいい掛け声とともに、三本締めが境内に響き渡る。東京都台東区の浅草寺(Sensoji Temple)で、毎冬12月17〜19日の3日間開かれる「羽子板市」には、約50の露店が軒を連ね、歌舞伎を題材にした昔ながらの羽子板から、世相を表した変わり羽子板まで、大小様々な羽子板が所狭しと並べられる。

 羽子板に美しい立体的な押し絵を貼り付けた「江戸押絵羽子板」は、江戸時代から新春の縁起物として広く親しまれてきた。「羽子板はもともと縁起物。羽根をついて、悪いことをはねのけるという意。羽子板の形は末広がりでもある。お子さんが末広がりに、幸せに育ちますようにと意味を込める」と羽子板の由来を語るのは、東京都葛飾区「たかさごや南川人形店」の店主、南川美子(Yoshiko Minamikawa)さん。この道30年以上の羽子板職人だ。
 

東京都葛飾区の「たかさごや南川人形店」は羽子板市に向け、羽子板作りも終盤(2016年11月24日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

 美子さんは、羽子板を製造、販売する「たかさごや南川人形店」の2代目店主、南川行男(Yukio Minamikawa)さんと結婚後、ともに羽子板作りに関わってきた。しかし、行男さんが7年前に羽子板市を目の前に他界。「息子に託すまで」と、店を継ぐことを決意した。「羽子板市も近いし、絶対やらなければと。夫が亡くなっても悲しんでいる暇はなかった」と当時を振り返る。

 以来、パートの新田三千恵(Michie Arata)さん(61)と2人で羽子板作りに取り組んできた。三千恵さんは先代の行男さんから手ほどきを受け、37年間職人として務めてきたベテラン。新潟県出身で、江戸押絵羽子板には親しみはなかったが、たまたま見かけた求人広告をきっかけに職人の世界に足を踏み入れた。「最初は気軽な気持ちだった。大げさに聞こえるかもしれないが、今は使命だと感じる。携わったことで、自分なりにも(伝統を)守っていかなくてはいけないと」

■一にも二にも「根性」の「兼業」職人

 2人とも葛飾区認定の伝統工芸師だが、「炊事洗濯、全部やりながらやっている。”専業”ではなく、私たちは”兼業”職人」と美子さん。パートとして働きながら、4人の子どもを育て上げた三千恵さんは、「南川さんに子育てへの理解があった。学校や保育園の役員もやった」と笑う。「一に根性、二に根性。三四も何も、寝ずにやる。なんでも、なせば成る」と力強い一言。

 2人は、年明けからすでに年末の羽子板市に向けて仕事を始める。1月に生地を選定、デザインなどを決定し、刺しゅうなどを提携店に発注していく。5月半ばより、実際に羽子板作りに取り掛かる。社員は2人しかいないため、繁忙期は徹夜で作り続けることもあるが、体は丈夫だと声をそろえる。「好きなことだったら寝る間も惜しい」
 

東京都葛飾区の「たかさごや南川人形店」で羽子板を作る新田三千恵さん(2016年11月24日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

■人から人へとつながる仕事

 長年の勘と熟練の技で、細部までこだわり抜いた羽子板には、気配りが行き届いている。「見えない部分の裏張りなども、昔からの手法を忠実に守っている。お客様に分かってもらえるか分からないが、手を抜かないことが大切」と美子さん。「柔らかさとか気遣いの細かさは男の人と違うかもしれない。自分たちの羽子板をみると、女の人ならではの優しさがあると思う」

 羽子板は、布地、かんざし、面相師の描く顔など、60から70ものパーツを組み立てて完成する。様々な職人の分業によって成り立つゆえの責任感がある、と三千恵さんは居住まいを正す。「最後の仕事を任されているので、携わった人たちの気持ちをまとめ、自分が釘を打ち、仕上げるという責任感がある。人から人へとつながっている仕事なので、きちんとしなくては」

■一本でも多く「嫁」に出したい

 毎年3日間の羽子板市には、一本でも多く”嫁に出す”気持ちで挑む。「愛おしいけど、嫁に出したい。自分だけ眺めててもしょうがないでしょ」と笑う三千恵さんだが、今は「もの」にあふれる時代。「若い人の生活は、色んなものであふれている」ともこぼす。海外からの安価な輸入品の増加や生活様式の変化などにより、国内の伝統工芸品産業は縮小してきた。「手作りには手間がかかるし、昔みたいに売り上げは上がらない。食べていくのも大変なので、辞めてしまうのだと思う」と美子さん。

 しかし、美子さんはこう続ける。「私たちの羽子板は全部手作りで、機械で作った部分はひとつもない。大量生産品と一品ずつ作っている品物は、使っている生地も、部品の数も違う。受け継ぐ人も少なくなっているが、日本の伝統品を絶やさないためにも、羽子板の良さを多くの人に知ってもらえれば」。そんな2人の喜びは、お客さんが羽子板を手にした時の反応だ。「お客さんがあっての我々職人だから」(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue
 

東京都台東区の浅草寺で毎冬開かれる「羽子板市」では大小様々な羽子板が所狭しと並ぶ(2016年12月18日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue