【12月29日 AFP】「弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)に、24時間の体験乗艦をしてもらえる機会があるのですが、来られますか?」

 フランス海軍からそんな打診を受けた私は、一瞬たりとも迷わなかった。弾道ミサイルを搭載した原潜で1日過ごせるチャンスですって? 「はい、もちろん」と即答した。

 考えただけで気分が高揚した。仏軍の最高機密の一つとされる場所の内部を、この目で見られる機会なのだ。核弾頭を積載し、水深350メートルを潜航するあの「金属製の怪物」に乗るのは、いったいどんな感じだろう?

 2014年に仏潜水艦に1か月間乗艦したルモンド(Le Monde)紙のナタリー・ギベール(Nathalie Guibert)記者のことを思い出した。ギベール記者はその経験をつづった著書のタイトルを、『私は歓迎されなかった』としていたのだった…よし、心して受けて立つことにしよう。

仏海軍の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦「ビジラン」。ロング島で(2016年10月撮影)。(c)AFP/Valérie Leroux

 案内役を務めてくれた海軍のエドウィジュ(Hedwige)報道官は、ごく基本的な指示しか与えてくれなかった──エアゾール(噴霧式)の化粧品類(艦内の空気循環システムで再循環させられないため)と電子機器は持ち込み禁止。たったこれだけ。どうしても困るというものではない。

 唯一引っかかったのは、体験乗艦が終わった際の下船方法だった。原潜から上空のヘリコプターまで引き上げてもらう際に、ケーブルの端に15分間しがみついておかなければならないらしい。慣れている人でさえ、その体験を語る際には顔をしかめるので、少々怖くなった。だがそれくらいの我慢はしてもお釣りが来るはずだ。

潜水前の「ビジラン」。(c)AFP/Valérie Leroux

 原潜に乗艦するに当たり、私はまず仏北西部の湾岸都市ブレスト(Brest)で海軍のスピードボートに乗り込んだ。目指すはロング島(Ile Longue)。弾道ミサイル搭載原子力潜水艦が人目を避けて停泊している島だ。

 水中に張り巡らされた網、監視カメラ、特殊部隊──島への導入路には、厳戒態勢が敷かれていた。当局から正規の許可を得ていない者は、ここでは絶対に歓迎されない。

 島の端に、黒々とした金属の塊が見えた。間もなく私を乗せて波の下へ潜る潜水艦「ビジラン(Vigilant)」だ。ビジランは仏海軍が保有する4隻のSSBNの一つ。同軍は地中海(Mediterranean Sea)のトゥーロン(Toulon)にも、攻撃型原子力潜水艦(SSN)6隻を停泊させている。

仏海軍の弾道ミサイル組み立て区画(2007年3月撮影)。(c)AFP/Marcel Mochet

 ロング島には技術者、整備士、乗組員らが結集し、文字通り蜂の巣のような様相を呈していた。ビジランに近づくにつれて、活動はますます活発になった。乗員らは70日間の航行を前に、最終準備に余念がなかった。

 乗艦するには、陸と艦との間に架けられた橋に沿って歩き、「キオスク」と呼ばれる潜水艦の砲塔によじ上り、直径80センチの穴から艦内へと滑り込む。

潜水前。(c)AFP/Valérie Leroux

 最初は艦内の空気がどんどん薄くなるような気がして、息苦しさを覚える。それから徐々に呼吸は普通に戻っていく。深く潜水している間、艦内の空気は人工的に生成されて再循環されている以上、慣れていくしかない。

 ビジランは、乗員が最終的な点検や調整を行う中、ゆっくりと航海を開始した。海上航行中は、ヘリコプター1機と巡視艇1隻も同行した。

 乗員らは皆、それぞれの任務に集中していた。今回の乗艦が初めてという乗員もいたが、その動きは落ち着いて無駄がなかった。「半年間訓練してきましたから」と、彼は私に言った。「大多数は既に巡視活動に出ているので、経験者から教わるんです」

「ビジラン」の管制室。(c)AFP/Valérie Leroux

 2か月以上にわたって外の世界からも家からも断絶されるこの瞬間、乗員らは何を思うのだろう? 誰に聞いても大抵同じだった。「われわれは自分が選んだことをしているだけ。一番つらいのは後に残される妻や恋人の方だ、われわれが不在の間、何もかも自分でやりくりしなければならないのだから」

ナビゲーションパネル。(c)AFP/Valérie Leroux

 この環境に結構早く順応できたようだと自分を誇らしく思った矢先に、船酔いの波が襲ってきた。全長140メートル、重量1万5000トンもある潜水艦が、波にあおられることなどあるのだろうか? ある乗員は、苦しむ私を横目に心なしか得意そうに、「船体がするりと丸みを帯びているので、コルクみたいに浮くんです」と説明してくれた。

 横になるか、催眠効果のある薬を飲むしか対処法はなかった。耳の後ろに酔い止めのパッチを貼っている乗員もいたが、出航前に貼っておかないと効果がない。ビジランが海上航行をしていた間中、その拷問は何時間でも続いた。しかし潜水した途端、魔法のように吐き気は消え去った。

規定の確認。(c)AFP/Valérie Leroux

 乗員らはすぐに、任務・食事・休憩の一連のリズムをつかんでいた。艦内では、あらゆる音がくぐもって聞こえた。潜水艦は海の深い場所を、探知されずに静かに潜航する必要がある。雑音はその妨げになり、超音波探査システムに引っかかりやすくなってしまう。よってエンジンのブーンという音から出入り口の開閉音まで、艦内の音という音に消音処理が施されていた。

 私は何が乗員らを突き動かしているのかを理解するとともに、ベールに包まれた世界の一端を見ようと、24時間そのリズムを追った。

「われわれは小さな村にいるような気持ちで生活している、水中にいるということはそこまで意識していない」と、魚雷班のベルトラン(Bertrand)さん(33)は言った。

 ビジランには、広島に投下された原爆の何百倍もの破壊力を持った核弾頭が積まれている。乗員らは、自分たちには世界の終わりをもたらす力があるのだと常に意識しているのだろうか?

 ウィリアム(William)上等兵曹は、「『万一発射しなくてはならない日が来たらどうするか』と全員が自問しなければならない。『いやできない、自分にはその覚悟ができていない』と答える者は、ここに用はない」と静かに語った。

弾道ミサイル格納部。(c)AFP/Valérie Leroux

 艦内の生活はかなり快適そうに見えた。ベッドが数台置かれた部屋には申し分のないスペースがあり、きれいな食堂や、たくさんのトイレとシャワー室が完備されている。ずっと小型のSSNや、来年進水予定の次世代原潜「バラクーダ(Barracuda)」に比べれば、SSBNは「海のキャデラック(Cadillac) 」さながらだ。

魚雷と野菜――魚雷室に貯蔵した野菜の確認。(c)AFP/Valérie Leroux

 来年から、仏潜水艦(ただしSSBNのみ)には女性も乗艦できるようになる。この一大改革は、この閉め切られた空間に波風を立てるだろうか? 乗員らに尋ねてみた。

 ビジランのシリル・ドジョリアス(Cyril de Jaurias)司令官は、「海軍は女性の入隊を25年前に認めた。決して単純な話ではなかったが、海軍は善処した。今回も同様に善処していくだろう」

「ビジラン」のパン職人。(c)AFP/Valérie Leroux

 1日間の体験乗艦中、私は心の平静が乱されるような感覚は一度も覚えなかった。私に付き添ってくれたエドウィジュ報道官も含め、恐怖感にさいなまれたりはしなかった。とはいえ、私たちが乗艦していたのはたった1日だけだ…

 下船に当たり、清めの儀式を受けるよう促された。乗員らの友愛の心と海に敬意を表し、グラス1杯の澄んだ海水を飲み干した。それから、「海の王国」へ足を踏み入れたことを認定する証書が授与された。

 来訪者を下船させるため、ビジランは海面に再浮上した。迎えのヘリコプターは既に上空で待機していた。海の深淵(しんえん)を後にして、今度は空の高みへと上るのだ。体をつり上げるケーブルが万一切れた場合に、溺れず波間で漂うことができる巨大なオレンジ色のつなぎに、私は何とか体を押し込んだ。

 怪物の腹の中からはい出してまず味わったのは新鮮な空気だ。荒れた海とヘリからぶら下がるケーブルとをいちべつするや否や、目に見えぬ力が私の体を持ち上げ、ビジランは見る見るうちに小さくなっていった。最後にはまた姿を消した。同艦と110人の乗員が残る69日間を過ごす海の底へと。(c)AFP/Valérie Leroux

このコラムは、バレリー・ルルー(Valérie Leroux)記者が執筆し、AFPパリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者が翻訳し、2016年11月28日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

海に出る「ビジラン」。(c)AFP/Valérie Leroux