【11月22日 AFP】イラクでイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が支配する最後の大都市モスル(Mosul)から逃げ出したバッシャールさんは、IS戦闘員によって村を追われ、「ヒツジのように」扱われた挙句、最後は「人間の盾」にされたことを明らかにした──。バッシャールさんと家族は、モスルから無事脱出し、乗せられたイラク治安部隊のトラックの荷台で市内の様子を語った。

 今月初めにイラク政府軍がモスルに進攻した際、退却しつつあったISにより、周辺の村々から住民が連行された。ISにとって周辺の人々は、米主導の連合軍による空爆やイラク軍による爆撃に対する「保険」だった。

 バシャールさん一家もその中にいたが、運よく脱出に成功した。自宅へ向かって徒歩で逃れようとしていた途中で、チグリス川(Tigris River)の対岸に駐屯していたイラク治安部隊の注意を引くことができた。部隊が送ってよこしたボートに乗って川を渡り、バシャールさんたちはISの支配地域の最後の区間から脱出できた。「治安部隊が見えたので叫んだら、近づいて来てくれたんだ。でなかったら、凍え死んでいた」

 モスルでは政府軍が徐々に東部に進入していっているが、市内の大半はまだISが支配し、市民にとってはますます絶望的な状況になっているとバッシャールさんは語った。「どこへ行っても発砲がある。多くの家族は路上で寝ていて、人々は消耗しきっている。銃撃戦の真っ只中にいるんだ」

■失うものはない

 政府軍の進撃開始直後、ISによって母親や家族と共に「ヒツジのように」連行されたと話すのは、ハッサンさんだ。「モスルには人があふれているが、まともに過ごせる場所がない。食料もない。ただ運命を待ち受けているだけだ」と人々が置かれた状況について説明した。

 ハッサンさんの父親や他の親戚はまだモスルの中に捕らわれたままだ。そのため、取材の際には匿名を希望し、ハッサンさんの母親も名前を名乗らなかった。ハッサンさんたちは夜の間にこっそりモスルを抜け出し、ISから身を隠しながら2日間眠らずに過ごしたが、自宅へ戻る途中で道に迷った。ようやく帰宅した最初の夜は疲れ切っていたが、ISの支配から逃れたことの安堵感に包まれた。

 ハッサンさんの母親は、歩いて村へ帰るまでの間に腫れ上がったという足を指さし、「脱出できたのは、失うものは何もないという気持ちだったから」と話した。(c)AFP/Safa Majeed and Max Delany