【9月22日 AFP】リオデジャネイロ五輪、トライアスロン男子金メダリストのアリステア・ブラウンリー(Alistair Brownlee、英国)が、ふらつく弟ジョナサン(Jonathan Brownlee)に肩を貸して2人でゴールする。世界トライアスロンシリーズ(ITU Triathlon World Series)の今季最終戦でみられたこのシーンが、カインとアベルの物語に代表される兄弟殺しのイメージを打ち消すものだとして、称賛を集めている。

 ところが賛辞の雨が降り注ぐ大騒ぎのなかで、実直で素朴なアリステアが発したコメントは、「最初はとにかくこう思ったよ。『ばか野郎』ってね。弟は本当なら簡単に優勝できていたはずなんだ。それが戦術的に本当に間抜けなミスをしてしまった」というものだった。

 当のジョナサンも、病院のベッドから自虐的なつぶやきをツイッター(Twitter)に投稿し、ゴール直前で意識がもうろうとなっている自身の動画に、「普段は水を飲み過ぎるとこうなるんだけど、今回はその逆だった。#アウチ」というコメントを添えている。

 それでもジョナサンは、英国放送協会(BBC)に対して、今回のような行動を取れるのは特別な人間だけだと話した。

「アリステアには優勝のチャンスもあったのに、それをふいにしてまで僕を助けてくれた。一生感謝する。もちろん、とても強くて善良な人間じゃなくちゃ、あんなことはできない」

「スポーツの世界では、勝利が何よりも大事だと言われる。そう言われることは多いけど、兄弟を助けることの方がもっと大切かもしれない」

 兄のアリステアはリオ五輪で金メダルを獲得し、2012年のロンドン五輪に続く大会連覇を達成。弟のジョナサンは、ロンドン五輪で銅、リオ五輪で銀を獲得し、今回のレースで33度の暑さにやられていなければ、シリーズの年間総合優勝を達成できていた可能性もあった。

 アリステアは、弟に手を貸した自らの行いが正しかったのかどうか、しばらく考え込んだことを明かしている。

「レースの後、1時間ほど座り込んで考えたよ。『本当にあれで良かったんだろうか』ってね。置いていった方が、もっと早く治療を受けられたかもしれない。誰かをゴールまで運んでいくなんて間違いだったのかもしれない」

「だけど周囲の反応が好意的だったから、僕も、多分あれは正しいことだったんだって自信を持てた」

■J・K・ローリング氏も称賛

「ハリー・ポッター(Harry Potter)」シリーズの作者であるJ・K・ローリング(J.K. Rowling)氏も、自身のツイッターアカウントで賛辞を贈っている。とはいえ、使ったのは得意の美しい文章ではなく、拍手と泣き顔の絵文字を連ねたものだった。

 あるいはローリング氏は、同じスコットランド(Scotland)出身で、「シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)」シリーズの生みの親であるアーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle)氏を手本にしたのかもしれない。というのも、1908年のロンドン五輪でも似たような出来事が起こっており、ドイル氏はそれについて言及しているのだ。

 同五輪のマラソンでは、イタリアのドランド・ピエトリ(Dorando Pietri)が勝利目前で倒れてしまい、係員の手を借りてゴールするという出来事があった。

 ピエトリは後に失格となったが、この出来事について、当時英紙デーリー・メール(Daily Mail)の特派員としてレースを取材していたドイル氏は、「かがみこむ人々と、握られた手と手。その中に一瞬だけ見えたのは、げっそりとした土気色の顔と濁った生気のない瞳、そして眉にかかる長い黒髪だった」と記している。今回のジョナサンのゴール直後の状態も、このドイル氏の表現がそのまま当てはまるように思える。

 ロシアの国家ぐるみの薬物違反、そして同国のハッカー集団ファンシー・ベアーズ(Fancy Bears)による騒動が紙面をにぎわすなかで、英国の新聞各紙は今回の話題にすさまじい勢いで飛びつき、スポーツ界の美談を情感たっぷりに書きたてている。

 デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)紙は、「スポーツマンシップの神髄、そして真の兄弟愛を体現した瞬間」と表現。タイムズ(The Times)紙は、優勝した選手は何年後かに忘れられても、「手中にあった勝利を手放してまで、よろめき、倒れる寸前の弟ジョニーを救ったアリステアの犠牲心は決して忘れられることはない。究極の兄弟愛だった」とほめちぎっている。(c)AFP