【9月20日 AFP】救急車に乗せられたシリア人少年オムラン(Omran)君の写真に対する反応の大きさにはさぞ驚いただろうと、皆に聞かれた。だが正直なところ、私は驚きはしなかった。

 目の前にいたのは1人の子、戦火に巻き込まれた幼い子どもだ。こういう光景を目の当たりにしても動揺しないためには感情を殺さなければならない。オムラン君はまだ幸運だった。彼の痛みを記録してくれるカメラがあったのだから。彼だけが特別だとは決して思わないでほしい。同じような目に遭う子どもは、これまでにも、そしてこれからも無数にいるのだから。

 この3年間、私はシリアで負傷した何千人もの人々を撮影してきたが、圧倒的に多かったのが子どもだ。空爆や砲撃後のがれきの中から、死傷した子どもたちを運び出す人々の写真はお決まりのようになっている。さぞひどい話に聞こえるだろう。だがそれが現実だ。そんなことがお決まりになってしまっているのだ。

 負傷した子どもの写真のうち、とりわけ印象に残っている写真があるか? 尋ねられたのが2年前なら、返事のしようもあっただろう。数え切れないほど残虐な死を目にしてきた今となっては、特定の例を挙げるのは非常に難しい。もう日常茶飯事になってしまった。今ではどんな光景も短期間胸に残っては薄れ、他の光景に並んで収まっていく。私の心の墓場へと。

 

シリア・ドゥマで(2014年9月撮影)。(c)AFP/Abd Doumany

 先週もこんなことがあった。オムラン君の写真が世界に衝撃を与えた数日後のことだ。午前8時半、ミグ(MiG)戦闘機が発射したその日最初のロケットが、多数の世帯が入っている建物を直撃した。大半の人はまだ眠っていた。その攻撃で10人以上の子どもが負傷した。5分後、別の建物が空爆された。また同じだった。多くの子どもや女性がけがをした。攻撃を行ったのがシリア政府軍なのかロシア軍なのかを確認するのは不可能だった。

 病院に行くと子どもが10人ほどいた。8歳のヌール(Noor)ちゃんは、父親に付き添われていた。ヌールちゃんの心臓は止まっていた。医師らは少女の命を救おうと必死だった。心肺蘇生(CPR)が試みられる中、父親は泣きながら娘の足にキスしていた。

 

ヌーアさんの足に顔をうずめる父親。(c)AFP/Abd Doumany

 15分後、医師らはあきらめた。亡くなりました、と宣告した。だが父親は納得しなかった。すすり泣き、「ヌール! ヌール!ヌーーール!」と叫びながら、自分でCPRを始めた。むなしい努力を10分間続けた後、むせび泣きながら床に崩れ落ちた。

 

ヌーアさんに呼び掛ける父親。(c)AFP/Abd Doumany

 あの光景はしばらくは私の胸にとどまるだろう。だがそれもすぐに薄れ、別の光景に取って代わられる。新たな光景も同様に心を締め付けるはずだ。しかしそれもすぐに薄れて別の光景に取って代わられる。また別の光景が無数に現れるのだから。

 父親が膝から崩れ落ちた時、私はそれ以上写真を撮ることができなかった。もう限界だった。病院から街へ出て、埋葬前の遺体が集められる一角へと向かった。そこで私を待ち受けていたのも似たような光景だった。亡くなったわが子を前に、これが見納めとむせび泣く父親たち…

 その日の空爆で亡くなったある男の子は、1年ほど前に同じ場所で起きた似たような爆撃で父親を失っていた。彼の名はエマド(Emad)君、5歳だった。

 

エマド君。シリア・ドゥマで(2016年8月撮影)。(c)AFP/Abd Doumany

 シリア内戦の最大の被害者は子どもたちだ。この紛争から最も大きな影響を受けてきたのが、シリアの子どもたちの命なのだ。毎日、この国の至るところで子どもの人権が侵害されている。空爆や砲撃によって死の危険にさらされているだけではない。適切な医療も教育も受けられない。普通の生活を送らせてもらえないのだ。

 

シリア・ドゥマで(2015年8月撮影)。(c)AFP/Sameer Al-doumy

 罪なき命が、ありとあらゆる手段で絶たれている。彼らに非があるとすれば、生まれた場所が、生まれた時が悪かったというしかない。戦時下に生まれてしまったのだから。

 内戦の終わりが見えない中、この戦争が「喪失の世代」を生むのではないかと懸念する人は多い。生活必需品さえ手に入らず、教育を受ける機会も奪われた子どもたちだ。

 私は、血を流して包帯を巻かれた子どもたちを数え切れないほど撮影してきた。埋葬用の布にくるまれたごく小さな遺体も無数に撮影した。皆、眠っているかのようだった。

 無論、この戦争では大人よりも子どもの方がより気の毒でならない。なぜだかは分からない。恐らくわれわれは、これほど純粋無垢(むく)な子どもたちがこれほど多くの苦難にさらされていることに、余計に心のつかえを覚えるのだろう。幼子に耐えられるはずもない受難。

 

シリア・イドリブ県で(2016年4月撮影)。(c)AFP/Mohamed Al-bakour

 私は子どもの戦災者にカメラを向けるとき、いつもとは違う撮り方をする。なるべく彼らの痛みを緩和できるやり方を探す。時には冗談を言ったり、彼らがどんなふうに写ったか見せたり、数枚撮影させたりすることもある。

 シリアの子どもたちが抱える痛みは、この世の子どもたちに思いを寄せられる人なら誰の目にも明らかだ。そういう人々に、私はこう伝えたい。「私はカメラのレンズを通して彼らの痛みを伝えようと全力を尽くしたつもりだ。今度はあなた方に全力を尽くしてもらいたい、彼らを救えるように」と。(c)AFP/Abd Doumany

このコラムは、シリア・ドゥマ(Douma)を拠点に活動するフリーランス・フォトグラファーのアブド・ドゥマニ(Abd Doumany)が、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2016年8月30日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

 

(c)AFP/Abd Doumany