【5月10日 AFP】まだ午前中だというのに、ロブサン(Lobsang)さんの革のカウボーイハットはくたびれ、黒いガウンは乱れ、吐く息からは酒の臭いがする。かつてチベット(Tibet)の高原を遊牧していた彼は今、薄いコンクリート造りの家の周りで足をふらつかせている。

 ロブサンさんと妻のタシ(Tashi)さんは数十年間、ヤクやヒツジを放牧してきた。何世紀も前から、ほとんど変わらない生活だった。──3年前、中国政府の要請を渋々受け入れ、ヤクの毛のテントから再定住先の家へ移り住むまでは。

 現在夫妻は、中国四川(Sichuan)省南西部のアバ・チベット族チャン族自治州アバ(Aba)県から、曲がりくねった山道を車で1時間の場所にある再定住村に住んでいる。そこには青い屋根に灰色の壁の同じ家が、何列も立ち並んでいる。

「この町に移ってきて、何もかも変わった」と、タシさん。彼女も夫と同じ40代だが、正確な年齢は分からない。「まずお金がなくなった。そして夫は自分に見合う仕事を見つけられず、酒量がどんどん増えていった」

 中国当局は、チベット自治区を都市化していけば、工業化と経済発展が促され、遊牧をしていた人たちの生活水準が上がり、環境保護にも役立つとしている。

 移住に応じた人々には、中国語で「戸口(Hukou)」と呼ばれるいわゆる戸籍のうちでも、「城市戸口」(都市戸籍)が与えられる。これは中国国内における厳しく管理された居住許可で、これによって社会福祉サービスを利用できるようになる。政府は完全に無料か、あるいは多額の助成金を出して家や医療保険を提供し、教育も無償化する。

 しかし、この政策はお仕着せの措置で、多くの元遊牧民が約束されたような豊かな生活は送っていないと、批判の声が上がっている。

 オランダにあるエラスムス大学ロッテルダム(Erasmus University Rotterdam)社会科学大学院大学(ISS)のアンドリュー・フィッシャー(Andrew Fischer)准教授は、「社会が急に混乱した生まれた場合に陥りがちな、失業やアルコール依存症といったさまざまな問題が起きている」と指摘する。