■「戻りたいが手遅れ」

 再定住施設でAFPの取材に応じた多くの元遊牧民は、仕事も職業訓練も不十分だと不満を漏らした。

 ドルカー(Dolkar)さん(42)は2年前に、最後まで飼っていたヤク13頭を8万5000元(現在の為替レートで約140万円)で売却したが、今になってその決断を後悔している。まだ安定した職に就けていないのだ。

 ドルカーさんは「政府の職員が来て、移住しろと言われた」と当時を振り返る。「この町の物価がこんなに高いとは知らなかった」「戻りたい、だがもう手遅れだ」

 都市部ですぐ手に入るのは建設作業員や清掃員の職で、賃金は低い。かつてチベット自治区で貴重な家畜を所有して裕福な暮らしを送っていた元遊牧民らの中には、こういった仕事を敬遠する人も少なくない。

■分離独立派を抑制

 都市移住政策に批判的な人たちの間では、中国政府が1951年から統治しているチベットの居住者に対する監督を強化する目的もあるとの指摘もある。

 AFPが取材に訪れた再定住村は、中国侵攻前のチベット東部のカム(Kham)地方に当たる地域にある。ここでは地元の戦士たちが、時に米中央情報局(CIA)の支援を受けながら、1960年代後半まで中国共産党の軍事部隊と戦っていた。

 チベット自治区での都市移住政策は共産党支部を各地に作ることを目的として5年前に始まった。政府の統計によると、2000年以降、チベット自治区の都市居住者は約60%も増えた。

 中国共産党チベット自治区委員会のトップ、陳全国(Chen Quanguo)書記は、全ての再定住村は「チベット分離主義勢力の侵入を防ぎ、これと戦う」ための「とりで」にならなくてはならないと発言している。

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)のソフィー・リチャードソン(Sophie Richardson)中国代表は、遊牧民を都市部へ移住させる政策によって、「より監視しやすく、生活していくために国の助成への依存度がより高まる場所、つまりさらにコントロールしやすくなる地域に人々を集めている」とみている。