■イスラム教は「スケープゴート」

 それにもかかわらず、欧州一のイスラム教徒人口を擁し、また最近の選挙で極右政党の国民戦線が躍進しているフランスでは、すでにウエルベック氏の新作が議論をあおっている。

 フランスにイスラム政権誕生というシナリオは「作者の恐怖と同時に、社会の恐怖を反映している」というのは、欧州におけるイスラム教に関する専門家、フランク・フレゴシ(Franck Fregosi)氏だ。同氏は「一部の知識人やジャーナリストは世論の恐怖を鎮めるよりも、むしろ利用している…われわれが作り上げているのは一種の社会的恐怖だ…イスラム教はフランス社会のすべての元凶として、スケープゴートとなっている」と語った。また左派系紙リベラシオン(Liberation)のローラン・ジョフラン(Laurent Joffrin)編集長は、ウエルベック氏の新作が出版される日は「思想史の中で、極右思想が高尚な文学へ進出する日となる」と評している。

 しかし、文学界を含め支持者もいる。仏プロバンス大学(University of Provence)の文学部教授ブルーノ・ビアール(Bruno Viard)氏は、小説を深読みしすぎるのは間違いだと語る。「ミシェル・ウエルベックにはもちろん挑発的な面や皮肉な面がある。しかし、すべてを書かれている通りに受け取るべきではないし、それにこだわるのは間違いだ。それぞれの言葉は文脈の中で捉えられる必要がある」

 哲学者のアラン・フィンケルクロート(Alain Finkielkraut)氏は「目を見開き、ポリティカル・コレクトネス(差別などを含まない公正さ)にひるむことに身を任せない」のがウエルベック氏であり、この小説が描いているのは「確実ではないが、起こりうる未来」だと称賛する。

 ウエルベック氏本人は新作に「恐ろしい面」があり「人を脅す戦術」を使ったことも認めているが、フランスの投票所にいるイスラム教徒の視点に立つことを試みたと語っている。「実際に彼らが置かれているのは完全に分裂的な状況だ。なぜならば概してイスラム教徒は経済問題に関心がなく、彼らにとって大きな問題はわれわれが昨今、社会問題と呼んでいるものだ。そこでイスラム教徒として投票をしたかったら、どうすればいいのか。彼はどうにもならない状況にいるというのが真実だ。彼の代表とか、そういったものはまったくないのだから」。(c)AFP/Myriam CHAPLAIN RIOU