【10月14日AFP】80年代に圧倒的な人気を誇った英ロックバンド「ザ・クラッシュ(The Clash)」。解散後、ボーカルでギタリストだったジョー・ストラマー(Joe Strummer)はみすぼらしい格好でスペインのグラナダ(Granada)のバーに現れたが、誰も彼に気付くことはなかった──。

 ストラマーはそのままスペインにとどまった。地元のバンドをプロデュースし、アルバムまで出した。これは伝説的なミュージシャンの知られざる過去だ。

 このストラマーのスペインでの日々をテーマに、映画製作者のニック・ホール(Nick Hall)氏は作品を制作。ニューヨーク(New York)のタイムズスクエア(Times Square)で11日に開催された第3回CBGBフェスティバルで上映されている。このフェスティバルの名前は、かつて大きな賑わいをみせた市内のライブハウスにちなんだものだ。ザ・クラッシュは1981年にタイムズスクエアでライブを行っているが、このときのライブでは、あまりの盛り上がりに消防当局が中断に入ったという。

 ホール氏によれば、当時のスペインは他の欧米諸国と音楽的な交流が少なかった。だがストラマーは、1975年に独裁者フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)総統が死去した後に生まれたムーブメント「モビーダ・マドリレーニャ(Movida Madrilena)」に魅了されたとされる。

 ストラマーはロックに政治性をもたせた。ザ・クラッシュでは、英国の移民の権利問題から中南米の左派運動まで歌った。1979年のアルバム『ロンドン・コーリング(London Calling)』に収録された「スペイン戦争(Spanish Bombs)」は、スペインでの内戦を歌ったものだ。

 ストラマーはスペインを何度も訪れており、ある時はアンダルシア(Andalusia)地方で虐殺された作家フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico Garcia Lorca)の墓所を捜すとまで言い切ったことがある。

 地元ジャーナリストからのインタビューで、スペインに来た理由を尋ねられたストラマーは、「それはアンダルシアに夢中になっているからだ」と、彼はつたないスペイン語で答えている。この映像は映画にも収められている。