【8月21日 AFP】フィリピン有数のワニのブリーダーとして知られるグレン・レボン(Glenn Rebong)氏が様子を確認して回る中、甲高い鳴き声が部屋中に響き渡る──。ここは、絶滅の危機にさらされているワニが多数飼育されている、過密状態の「ノアの方舟(はこぶね)」だ。

 ひよこのような鳴き声は、フィリピンの固有種であるミンドロワニ(学名:Crocodylus mindorensis)の赤ちゃんが飼育されている金属性のタンクから聞こえてくる。レボン氏と研究チームが母ワニの巣から持ってきた卵を人工ふ化させたのだ。

 同国南西部パラワン島のプエルトプリンセサ(Puerto Princesa)にある面積約2ヘクタールのパラワン野生生物保護センター(Palawan Wildlife Rescue and Conservation Centre)でAFPのインタビューに応じたレボン氏は、「われわれは非常に数多くのワニをふ化させているが、野生に返す機会がほとんどない。そのためここに残されることになり、施設は過密状態になっている」と語った。

 ミンドロワニはかつて、東南アジアの島しょ部を中心とする広範囲の淡水湖や川に数多く生息していたが、ファッション産業向けの販売を目的とした密猟で個体数が激減した。

 おとなしい性格のこのワニを、海水に生息する仲間の「人食いワニ」と間違えておびえた人間に殺されたり、生息地が消失したりしたこともまた、ミンドロワニの減少につながった。淡水ワニが多く生息する沼地は、農地や住宅地、水産養殖池としての利用が急速に進んでいる。

 フィリピン政府が1987年に飼育下繁殖プログラムを開始した当時の調査では、野生に生息するミンドロワニの個体数は、約250匹にまで減っていた。

■重要な役割担うも経営難

 淡水ワニを最も多く飼育しているのが、日本の開発援助を得て建設された同センターだ。約500匹のワニを飼育しており、うちおよそ半数ずつを淡水ワニと海水ワニが占めている。また、国内2か所のより小規模な施設でも民間による淡水ワニの繁殖が行われているほか、野生の環境を維持した自然保護区もあり、繁殖に向けての重要な役割を担っている。

 しかし、政府から同センターに割り当てられる予算は非常に少ない。経営難に直面していることから、ワニの一部を観光客向けに展示することで収入を得ている。

 センターが入場料から得る収入は、年間およそ1200万ペソ(約2800万円)。ワニの餌となる魚を購入し、45人いる職員の給与を支払うのがやっとという金額だ。このためセンターは、海水ワニの一部を原料皮向けに販売している。ただ、絶滅危惧IA類(近絶滅種)に指定されている淡水ワニの販売は、法律で禁じられている。

■個体数激減の理由は──

 ファッション業界で需要が高いワニ皮は主に、大型で海水にも生息するイリエワニ(学名:Crocodylus porosus)の皮だ。それに比べ、ミンドロワニの皮は脇腹の皮の表面が粗く、皮としての品質は劣る。それにもかかわらず、絶滅寸前になるまで捕獲された。

 成体になっても体長が3メートルを超えることはないミンドロワニはおとなしい性格で、イリエワニとは異なり、小型の生物を捕食する。また、大型のワニは縄張り意識が強いが、ミンドロワニは人間には近寄らない。レボン氏によれば、過去にもミンドロワニが人間を殺したとの記録はないという。

 ただ、フィリピンではイリエワニとミンドロワニの区別が付く人はほとんどおらず、見かけるやいなや殺されてしまう。自然の生息環境が容赦なく減り続けていることに加え、野生に返されるワニがほとんどいない大きな理由はこの点にある。

 淡水ワニが放流された自然公園では、恐怖心や皮目当てでワニを殺す人が出てこないよう、政府による教育プログラムや奨励プログラムを実施しなければならなかった。

 レボン氏は、「どこにでも簡単に放流できるわけではない。その場所がワニにとって安全であることを確認しなければならない。さもなければ、結局は殺されてしまうことになる。人がワニを殺す理由は主に恐怖心だ。恐怖心にかられた人たちにとっては、どのワニもワニでしかない」と語った。(c)AFP/Cecil MORELLA