■男性の正体と運命は?

 この人物と戦車のにらみ合いが続いたのは、ほんの数分だけだった。しかし毅然とした、勇気に満ちた態度で「戦車男」は歴史に刻まれた。さらに消息が分からず、男性に関する謎はいっそう深まった。

 その正体については過去四半世紀の間にさまざまな説が取り沙汰されてきたが、事実はほとんど浮かび上がっていない。「王維林(Wang Weilin)」という名の男性だという情報もあったが、確認されたことはない。さらに、この人物をひき殺そうとしなかった戦車の操縦手の身元も分かっていない。

 胡氏も例に漏れず「戦車男」が誰なのか、突き止めようとした。また、この戦車の操縦手を捜すため、軍関係者の友人に問い合わせてもみた。しかし真実を知ることはできなかった。

 中国当局は固く沈黙を守っている。天安門事件の1年後、米国人テレビジャーナリストのバーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)氏が、当時、中国共産党の総書記だった江沢民(Jiang Zemin)氏に「戦車男」の写真を見せながら「この若い男性の身に何が起こったかご存知ですか」と質問した。

 江氏はろうばいした様子で、戦車は男性をひいていないと強調した。しかし、死んだとは思っていないと述べただけで、その後の男性の運命について語りはしなかった。

■「無名の兵士」

 この日「戦車男」の姿は、複数のカメラマンが捉えていた。しかし最も広く取り上げられ、ピュリツァー賞(Pulitzer Prize)候補にもなったのは、AP通信のジェフ・ワイドナー(Jeff Widener)氏が撮影した写真だった。今では、世界中で誰もが知っている写真の一枚とみなされている。

 現在57歳になり、ドイツ・ハンブルク(Hamburg)に暮らすワイドナー氏はAFPに対し「時々『戦車男』のことを思い出しては、彼はどうなったのだろうと考える」と話す。一方で「彼が誰なのか、知らない方がいい気もする」という。この「無名の兵士」が「これからもずっと、自由と民主主義、人間の尊厳の権利の重要さを思い出させてくれるだろう」と語った。

 胡氏も同じ意見だ。「彼は殺されたのかもしれない、投獄されたのかもしれないし、外国へ行ったのかもしれない。だが、もはやそれは問題ではない。われわれ皆が、戦車男なのだ。体制に立ち向かう限り、戦車男は生き続ける」と語った。(c)AFP/Sébastien BLANC