【11月13日 AFP】米首都ワシントンD.C.(Washington D.C.)から車で小一時間、メリーランド(Maryland)州エリコット・シティー(Ellicott City)郊外にある小学校の3年生たちにとって、筆記体の書き方を学ぶ授業は、頭を使わずに済む楽な授業だ。

 ここ、トリアデルフィア・リッジ小学校の3年生は、約6週間かけて鉛筆で筆運びの基礎をマスターした後、初めて筆記体で「I」という文字を書き上げたところだ。「時々、こんな風に書くのは楽しいよ」と言うオレン・デュベンスキー君(8)。同級生のソフィア・スペンスちゃんは「『普通の』字はもう書く必要ないよね」とうなずく。

 しかし学校の外では大人たちが、テクノロジーがあっという間に根底から変化するこの時代に、学校で子どもたちに筆記体を学ばせるべきかどうか、盛んに議論している。


 全米50州中45州で幼稚園から高等学校までの標準カリキュラムとされている全米共通学力基準(コモン・コア、Common Core)は、単にブロック体の手書きと「キーボードの使い方」を教えるよう提唱しているだけで、筆記体を教える是非については沈黙している。

 教育政策学を専門とする南カリフォルニア大学(University of Southern California)のモーガン・ポリコフ(Morgan Polikoff)助教によれば「米国では筆記体を使う人は比較的少なく」、筆記体を教える授業をカリキュラムに「どうしても残す理由」はないという。

「みんな、キーボードか、携帯端末で書いている。筆記体は今や『忘れ去られた技法』のように思われているだろう」と同意するのは、ロサンゼルス(Los Angeles)にあるメルローズ・アベニュー小学校のバーナデット・ルーカス校長だ。ロサンゼルスでは教育委員会が3000万ドル(約30億円)を投じて、アップル(Apple)のタブレット型端末「iPad(アイパッド)」を子どもたちに支給している。

 一方、このままいけば米国史上初めて、手書きで自分のサインができなかったり、18世紀に手書きで書かれた憲法の原本を読めない世代が登場してしまうと危惧する声もある。

■筆が走れば、頭も回る

 カナダでフランス語を公用語とするケベック(Quebec)州の小学2年生の児童と教師718人を対象にした調査によれば、筆記体の書き方を学んだ児童は、書字運動能力の向上により、綴りの正確性や構文の読み取り能力も向上するという。

 フロリダ国際大学(Florida International University)教育学部のローラ・ダインハート(Laura Dinehart)氏は、AFPの電話取材に対し「多くの人は筆記体に対して情緒的な結びつきを感じている。ペンが走れば頭も回る、といった考えがある」と述べる。

 言語教育専門出版大手ゼナー・ブローザー(Zaner-Bloser)のキャスリーン・ライト(Kathleen Wright)氏によれば「1930年代までは(学校で)教えていたのは筆記体だけ」だった。その頃、ブロック体の書き方を教えるのは、印刷された文字を理解させるためだったという。またタイピングは大人の専門技能で、コンピューターなど想像も及ばなかっただろうという。

 今日、筆記体をめぐる議論は盛んだが、米国の若者たちに筆記体の読み書きを教えることの長期的な価値に関する本格的な研究が不足していると、ダインハート氏は指摘する。「筆記体は有用なのかどうかを判断できるほど、われわれは筆記体について知らない。不幸なことに、筆記体は消えつつある。完全になくなった頃に初めて、筆記体が与えていた影響をわれわれは知るのかもしれない」(c)AFP/Robert MACPHERSON