【10月15日 AFP】一見して悪名だという病名がある。しかし、それがナチス(Nazi)の医師を称えるものだろうが、差別に由来するものだろうが、一度定着してしまった病気の通称を変えることは難しい。

 病状やウイルス、時には奇妙な性格まで、さまざまな病名は場所や有名な運動選手、発見した医師、文豪などにちなんで名づけられてきた。2009年に世界的に流行した新型インフルエンザH1N1は最初、「豚インフルエンザ」と呼ばれていた。また肥満低換気症候群(OHS)の別名「ピックウィック症候群」は、英文豪チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)の小説の太った登場人物にちなんでいる。

 最近では昨年以来、130人が感染し58人が死亡している中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)は当初「サウジアラビア」の名を冠していた。エジプトの科学者が最初に確認した患者が、サウジアラビア人だったからだ。しかし、サウジ政府関係者が不快感を示したため、ウイルスの分析を行ったオランダ・エラスムス医学センター(Erasmus Medical Center)にちなむ名に変更された。

 しかしサウジの政治家たちはこれにも満足せず、研究者らが討論を重ねた結果、現在の「MERS-CoV」に落ち着いた。世界保健機関(WHO)は今年5月にこの病名を承認した際、「WHOは概して、最初に確認された地域や場所の名をウイルス名としないことを望む」との見解を示している。

■統制機関の不在

 病名を一括管理する統制機関は存在しないため、病気や症状にはいくつも名前が付いたり、物議を醸す名前が付くことも少なくない。

「意見が一致しなければ、混乱しかねない」と米国立医学図書館(National Library of MedicineNLM)の専門家ステファニー・モリソン(Stephanie Morrison)氏はいう。

 不適切な名前が即座に姿を消した例もある。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)/AIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)は一時、「ハイチ人(Haitians)」「同性愛者(homosexuals)」「血友病患者(hemophiliacs)」「ヘロイン(heroin)使用者」の4グループの頭文字「H」を採った「4H」と呼ばれていたことがあった。また1982年に採用された「グリッド」(GRID、ゲイ関連免疫不全)という呼称はすぐに聞かれなくなった。

 常に発見者の名にちなむことはなくなっているが、今でもそうした命名は根強く、ドイツの精神科医にちなんだアルツハイマー病や、フランスの神経科医にちなんだトゥレット症候群などがある。

■ナチスにちなんだ病名、改名の動き

 科学界が改名すべきだという見解で一致しているときでも、その過程に何十年も費やされる場合もある。ナチスの医師が最初に症例を報告した「ハラーホルデン・スパッツ(Hallervorden-Spatz)病」という通称がその1例だ。

 徐々に歩行と発話の能力を失い、3歳でこの病気と診断されたキンビさん(27)を娘に持つパティ・ウッドさんは「この病気と彼ら(ナチス)に何のつながりもあってほしくない」と憤る。

 ナチスの医師だったユリウス・ハラーホルデン(Julius Hallervorden)とその上官ヒューゴ・スパッツ(Hugo Spatz)が、虐殺した子どもたちの脳について研究していたことを知ったウッドさんは、自分が立ち上げた支援団体の名称を「脳内鉄沈着を伴う神経変性(NBIA)疾患協会」と変え、医師らにも通称を改めるよう要求した。10年前のことだ。

 それでもまだ古い通称で診断を下す医師が米国国外にはいると、ウッドさんはいう。昨年の調査によれば、「ハラーホルデン・スパッツ病」という病名の使用は90年代以降、半減している。カナダ・マギル大学(McGill University)の研究者マイケル・シェベル(Michael Shevell)氏はこの動きについて「『正しいことをしよう』という、神経学会の集合的無意識による決定」だと述べている。(c)AFP/Kerry SHERIDAN