【8月18日 AFP】パキスタンの実業家、マリク・アミル・モハンマド・カーン・アフリディさん(48)は誘拐され、殺すぞと脅され、自宅にいられなくなって、仕方なく家族と離れて暮らしている──何もかも、長いひげのためだ。

 ぴったり30インチ(約76センチ)に切り揃えたひげの手入れには、毎日30分かかる。洗って、とかして、オイルをつけて整えたひげは、重力に反して上向きに2対の弧を描き、額より高く伸びている。

   「人々の尊敬を得られる。ひげと私は一体だ」。7月下旬、パキスタン北西部ペシャワル(Peshawar)で取材に応じたアフリディさんは、ひげのために全てを犠牲にする覚悟なのは何故かと聞かれ、こう答えた。「満足しているよ。普通のひげだったら、誰も私に見向きなどしない。人から注目されるのには慣れたし、好きなんだ」

■ひげとの「切っても切れない」仲

 インド亜大陸では何世紀にもわたり、立派なひげは男らしさと権威の印だった。しかしパキスタンでは今、イスラム武装勢力が、ひげをそらないのであれば短く刈るという教義を強要しようとしている。

 こうして、有名人だったアフリディさんはイスラム反政府勢力ラシュカール・エ・イスラム(Lashkar-e-Islam)の虜囚となった。隣国アフガニスタンと国境を接するカイバル・パクトゥンクワ(Khyber Pakhtunkhwa)州の部族地域を拠点とし、現在アフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)と同盟関係にある武装グループで、当時はタリバンと敵対していた。

 最初は1か月につき500ドル(約4万9000円)の用心棒代を要求された。それを拒むと、銃を持った男4人が自宅にやって来た。2009年のことだ。拉致され、1か月にわたって洞窟に拘束されて、ひげを切ることを承知するとやっと解放された。「殺されるのではないかと恐ろしくて、ひげを犠牲にした」とアフリディさんは語る。

 難を逃れようとペシャワルの親戚の元へ身を寄せたが、ひげを伸ばし始めると2012年に再び脅迫が始まった。「喉をかき切ってやる」と電話がかかってくるようになったのだ。そこで、タリバンの勢力が強いパキスタン北西部に住むことをあきらめ、家族を残してパンジャブ(Punjab)州ファイサラバード(Faisalabad)に移った。ペシャワルの自宅へは月に1、2回しか帰っていない。

   「今もおびえている。今回ペシャワルに帰ってきたのはラマダン(イスラム教の断食月)を家族と過ごすためだけれど、ずっと家の中に閉じこもっている。私に会いたいという人には、ファイサラバードにいると答えるよう家族にも言ってあるんだ」(アフリディさん)

 ラマダンのときばかりは、アフリディさんもひげに関して譲歩する。真っ直ぐピンと立ったひげが毎日の沐浴の邪魔となるので、なでつけ、耳の後ろで縛る。

■ひげが象徴する力

 アフリディさんのひげの手入れにかかる費用は毎月150ドル(約1万5000円)。パキスタンでは教師の給料より高額だ。ただし、故郷の地区から「ひげ手当」として50ドルを受け取っている。カイバル・パクトゥンクワ州では、特に人目を引くひげの持ち主に対し、伝統的な勇気と男らしさをたたえる象徴として月10~60ドルの手当を支給しているのだ。

 パキスタン紙デーリー・タイムズ(%%Daily Times%%)は昨年、立派なひげと権力を関連付ける意見記事を掲載した。同国首相では初めて3期目を務めるナワズ・シャリフ(Nawaz Sharif)首相はすっきりひげをそっているが、この記事によると、選挙で勝って政権に就いた歴代の首相が過去3回、軍のクーデターで追い落とされ、その3回のクーデターを率いた将軍は3人ともひげを生やしていたという。この記事は、政治指導者らに対し「平和に統治したければ、ひげを生やした人物を軍の参謀長や最高裁判所長官に任命しないことだ」と忠告している。

 インド亜大陸のひげ文化に関する著作のあるリチャード・マッカラム(Richard McCallum)氏によれば、インドの軍や警察でもひげは人気がある。同氏はAFPの取材に「ひげのある男性は、より多くの尊敬を得ているとみなされ、より力強く、男らしく、少し年上に見えるようだ」と語った。「都市部から離れれば、インドはいまなお家父長制社会。男は男らしくあるものとされ、男らしい男は人目を集めたり着飾ることが好きだ」

■ひげのために「政治亡命」を希望

 しかし、アフリディさんの妻と10人の子どもたちは、ひげにそれほど愛着がない。「ひげを切ったほうが家族一緒に住めていいとまで言う」とアフリディさん。それでも、こう断言する。「家族と離れて暮らし、パキスタンを出ていくことはできるけれど、ひげを切ることは二度とできない」

 決意の固いアフリディさんの夢は、政治亡命するか、国際大会にパキスタン代表として出場することだ。だが国際大会に出るには旅券が必要で、優勝するためにはもっとひげを伸ばさなくてはならない。現在インドの男性が持つ「世界で最も長いひげ」の記録は、4.29メートルだ。

   「家族を国外に移住させようとしているんだ。米国か、カナダか、英国か、ドバイでもいい。とにかく亡命が必要だ」。アフリディさんはAFPに熱く語った。「私はたばこもドラッグも酒もやらない。ひげだけが人生唯一の選択なんだ。食事だって犠牲にしてもいいが、ひげだけはだめだ。ひげは私の人生そのもの。人生の一部ではなく、『そのもの』なんだ」

(c)AFP/Jennie MATTHEW