【5月21日 AFP】ナチス(Nazis)の独裁者アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)が愛好したことで知られるドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)の生誕200年を控え、世界各地のオペラハウスではさまざまなイベントが準備されている。

 ワーグナーを題材にした書籍は歴史上の音楽家の中で多いかいもしれない。そして生誕200年に合わせ、新たな伝記や批評研究、評論本がさらに発表されている。雑誌や新聞は評論やインタビュー、記事を立て続けに掲載し、楽曲をあらたに演奏・録音した新盤も一斉に発売されている。

 5月22日の生誕200年を前に、世界の有名なオペラハウス──ニューヨーク(New York)のメトロポリタン・オペラ(Metropolitan OperaMet)、ロンドン(London)のコベント・ガーデン(Covent Garden)、ミラノ(Milan)のスカラ座(La Scala)、パリ(Paris)のオペラバスチーユ(Opera Bastille)、ウィーン(Vienna)のウィーン国立歌劇場(Vienna State Opera)──では、ワーグナーの代表作で上演時間16時間に及ぶ4部作、「指環(Ring)」の公演などについての発表が行われている。

 80軒ほどのオペラハウスがあるドイツでは、生粋のワーグナーファンでも全てを追えないほど。特筆の企画は、ライン(Rhine)川に浮かぶ船の上で上演される「ラインの黄金(Rhinegold)」だ。

 だが真のワーグナーファンにとって、今年の最重要イベントはフランコニア地方(Franconia)にある小さな町、バイロイト(Bayreuth)にワーグナー自身が設計から建設にまで携わったバイロイト祝祭劇場(Festspielhaus)でのイベントだろう。

 バイロイト祝祭劇場は例年、夏の間の4週間しかその門戸を開かない。だが5月22日、同劇場はワーグナー生誕200年の記念コンサートを開催する。指揮者はクリスティアン・ティーレマン(Christian Thielemann)氏だ。そして7月25日に開幕するバイロイトフェスティバルでは、型破りな演出で知られる演出家フランク・カストルフ(Frank Castorf)氏による「指輪」の新公演が上演される。

■常に論争の的

 生誕200年の祝祭においても、ワーグナーは「いつも通り」に論争の的となっている。

 デュッセルドルフ(Duesseldorf)では今月、ワーグナーの「タンホイザー(Tannhaeuser)」の新公演が、賞賛の中、わずか1回の上演で打ち切りとなった。

 演出家のブルクハルト・コスミンスキー(Burkhard Kosminski)氏は、中世の騎士や吟遊詩人の登場する物語をナチス・ドイツ時代に翻案し、ユダヤ人の虐殺とガス室をあからさまに描写した。これに大きな批判が集まり、劇場側が公演を中止した。

 この出来事は、高い賞賛と批判の両方を常に受けるワーグナー論争の核心に触れる出来事だった。

「私はワーグナーが嫌いだ。だが、ワーグナーにひざまづきながら、彼を憎んでいる」──著名なユダヤ系米国人指揮者、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)氏はある時、ワーグナーについてこう語ったが、これは多くの人々がワーグナーに向けている深い両価性をよく表現している。

■ヒトラーを触発したオペラ

 ワーグナーは1813年5月22日、ドイツのライプチヒ(Leipzig)で生まれ、1883年2月13日、ナチズムの台頭よりもはるか以前に、ベネチア(Venice)で死去した。

 だが、ヒトラーはワーグナーの音楽を愛好しただけでなく、ワーグナーの家族と親交を持ち、家族からは親しみとともに「ウルフおじさん(Uncle Wolf)」と呼ばれた。

 ヒトラーは、ローマの政治家を題材にしたワーグナーの初期作品、「リエンツィ(Rienzi)」を観劇して、政治を志すことを考え始めたとされる。ナチスは、プロパガンダ映画や集会でワーグナーの音楽を積極的に使用した。そのため、ワーグナーの音楽は今でもイスラエルでの演奏が禁止されている。

■反ユダヤ主義のパンフレット

 ワグナーはオペラ13作品を完成させた他、執筆活動も積極的に行った。理論家でもあったワグナーは、論文「音楽におけるユダヤ性(Judaism in Music)」において、敵意に満ちた反ユダヤ主義を主張している。

 音楽的な意味においては、ワーグナーの偉業は否定のしようがない。「トリスタンとイゾルデ(Tristan and Isolde)」、「パルジファル(Parsifal)」では伝統的な調性を超越し、ドビュッシー(Claude Debussy)やシェーンベルク(Arnold Schoenberg)などの後の作曲家にも影響を与えた。また、自作品のために考案した楽器を含め、ワーグナーの管弦楽団の使い方は革新的だった。

 だが、ワーグナーのひ孫、ゴットフリート・ワーグナー(Gottfried Wagner)氏を含む批評家らは、作品と人物を分けてはならないと主張する。「(ワーグナーには)素晴らしい側面と、暗い側面がある」とゴットフリート氏はAFPの取材で語った。(c)AFP/Simon MORGAN