【1月11日 AFP】10日に発表された第85回アカデミー作品賞候補作のおよそ半分が、米国史上の重要事件を描いた映画だ。

■『リンカーン』

 アメリカ合衆国第16代大統領エーブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)が奴隷制廃止を目指し、議会で合衆国憲法修正第13条に超党派の支持を得ようと画策するスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督の『リンカーン(Lincoln)』は、現代の米国の政治家たちにも示唆を与えるだろう。

 今回最多の12部門にノミネートされた本作によって、主演男優賞候補の筆頭に挙がっているダニエル・デイ・ルイス(Daniel Day-Lewis)は、徹底した現実主義をもってリンカーンを演じている。また現代から見ると驚くことに、奴隷制廃止に反対したのは民主党の側だったことや、南北戦争(American Civil War)を最終的に終結させたのは政治工作だったなど、米国人以外の観客には意外な事実も学べるだろう。

■『ジャンゴ 繋がれざる者』

 奴隷制と南北戦争の時代周辺を舞台とするもう一つのノミネート作品は、レオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)演じる農園主から妻を奪還するために賞金稼ぎとなる元奴隷「ジャンゴ」が主人公のクエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)監督作『ジャンゴ 繋がれざる者(Django Unchained)』だ。黒人を意味する差別語の連発は「歴史的検証に正確に基づいている」とタランティーノ監督は述べているが、差別語を使いすぎだとの批判は収まっていない。『パルプ・フィクション(Pulp Fiction)』などで同監督作品の典型とされる暴力シーンも過剰だといわれている。

■『アルゴ』

 一方、1979年のイラン米国大使館人質事件を描いた『アルゴ(Argo)』では、歴史的正確性は必ずしも保証されていない。イランの首都テヘラン(Tehran)でカナダ大使邸に逃げ込んだ米大使館員6人を、ベン・アフレック(Ben Affleck)監督自らが演じる米中央情報局(CIA)の工作員が救出しようとするストーリーは実話を大胆に演出している。

 米大使館員をかくまったケン・テイラー(Ken Taylor)元カナダ大使は、映画の中で明らかに脇役のように描かれていることに対し「映画は面白くてスリルがあり、核心を突いていてタイムリーだ。だが、カナダは突っ立って見ていたわけじゃない。CIAこそが脇役だったのだ」と不満を述べている。

■『ゼロ・ダーク・サーティ』

 オスカー受賞経験のあるキャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow)監督が、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の最高指導者、ウサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)容疑者の追跡劇を映画化した『ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)』も、CIAの女性分析官を主人公としている。

 同作品には広く拷問とみなされている、いわゆる「強化尋問テクニック」の場面が登場する他、この手法によってCIA工作員らがアルカイダの要員を見いだし、そこからビンラディン容疑者の潜伏先にたどり着くという設定になっている。しかし、これには元大統領候補のジョン・マケイン(John McCain)氏を含む米議員やマイケル・モレル(Michael Morell)CIA副長官らから、そうした方法で得られる情報の重要性を過大評価しすぎだと批判があがっている。

 一方、米人権団体「憲法権利センター(Center for Constitutional RightsCCR)」は「ハリウッドで最も名誉ある賞がわが国の歴史上、最も暗い時期の一つを讃美する映画に与えられようとしていることに深い失望を感じている。これは国の恥とすべき瞬間であり、映画に描かれた恐怖を繰り返すことのないよう誓う時だ。アカデミーの(選考)委員には良心に従い、この作品へ投票しないことを期待する」と声明を発表した。(c)AFP