【6月28日 AFP】「老婦人」と呼ばれているその壁は、1万8000年の歳月を経てもろくなっているために鉄の扉と監視カメラに守られ、21世紀の科学が提供しうる最高水準のケアを受けている。仏南西部ドルドーニュ(Dordogne)県モンティニャック(Montignac)の丘陵地帯に潜んでいたラスコー洞窟(Lascaux Cave)の壁画は氷河期時代の人類の貴重な遺産だ。

 力強く駆ける馬や、今はもう絶滅してしまったバイソンやヤギが描かれたのは、人類がまだ狩猟採集生活を送り、明日の生存にさえ不安を覚えていた時代だ。しかしこの洞窟が今、目に見えない侵入者の脅威にさらされている。20世紀の過ちによって持ち込まれた微生物が壁画を侵食しているのだ。

 1940年に4人の子どもたちによって発見されたラスコーの壁画は第2次世界大戦後、多い時には1日2000人もの見学者を引き寄せた。最終的に壁画の公開は中止されたが、すでに壁画はダメージを受けていた。人間は熱気や湿気、微生物を持ち込み、洞窟の生態系を破壊していたのだ。

 ジャン・クロッテ(Jean Clottes)氏(78)もまたラスコーの壁画に完全に魅了された1人だ。黒や赤、オークルで彩られた自信にあふれた筆跡と人類の壮大な叙事詩に、涙するほど感動したのは1960年のことだった。後に彼は先史時代の壁画の研究家となり、この貴重なラスコーの保存運動に加わった。

■安定していた微気候を破壊

 クロッテ氏は前週、普段は中に入ることができない洞窟に記者を案内してくれながら、60年前には誰も予想しなかったような悪い変化がラスコーに起きていると語った。「洞窟は完全にめちゃくちゃにされてしまった。見学用の入り口とコンクリートの通路を作るために、1947年だけで600立方メートルの土砂が運び出され、照明がつけられた。事前研究は何も行われず、洞窟内の微気候のバランスを完全に変えてしまった」

 洞窟内の微生物たちは生息地を求める数万年の戦いの末に安定した状態を得て、休戦状態にあった。その平和を、人によって持ち込まれた新しい微生物が壊し、他の微生物を駆逐してしまったのだとクロッテ氏は言う。

 青カビが生え始めた洞窟は1963年に閉鎖された。1990年代後半にはフザリウム・ソラニ菌という糸状菌も現れた。作りつけた空気孔を通じて虫や雨水も侵入した。カビ対策が必死で進められ、殺菌剤や抗生物質をひたした湿布を壁に貼った。

 しかし2007年になると、それまでの菌とは違うオクロコニス症菌が発見された。国連教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)はついにラスコーを危機遺産リストに登録する可能性もあると警告した。

 ひとつの分野からの対策だけでは必ず他の部分に悪影響が出るという確信から、保存活動家たちは現在、多方面からのアプローチを試みている。洞窟には空気循環や温度、湿度などを監視するセンサーが設置されており、内部へ入ることは最低限に制限されている。1年間に30万人に上る観光客が目にできるのは、洞窟から200メートル離れたセンターにあるレプリカだ。

■洞窟内作業は年間800時間に制限

 科学的アドバイスの下、ラスコー洞窟の内部に人間がいる時間は合計で年間800時間に制限され、その中で専門家だけが修復や学術調査を行っている。

 洞窟に入る時は無菌服のつなぎを着て髪はビニールの帽子で覆い、ゴム手袋をはめて靴の上からはカバーをしなければならない。以前は殺菌剤に靴をひたしていたが、これもまた生態系破壊してしまうとして現在は行われていない。

 入り口は二重のエアロック式になっている。ひとつは外部の湿気を内部に入れさせないエアカーテンの役目を果たしているが、洞窟内の岩の割れ目などを通じた自然の空気循環は妨げないようになっている。

 ヘルメットに着けたLED照明に浮かび上がった壁画は、息を呑む素晴らしさだった。きっかり45分の訪問の後、私たちは急いでその場を離れた。ドアは閉じられ、バイソンや馬やヤギたちは再び暗闇と沈黙の中へと戻って行った。(c)AFP/Laurent Banguet