【5月22日 AFP】野良犬たちは横断歩道を歩き、公園の中をぶらぶらと通り過ぎ、ときにはバスにだって乗る――ルーマニアでは、野良犬は住民の日常の一部となっている。だが、政府が野犬を殺処分する計画を発表したことから、その賛否をめぐり国内では激論が勃発した。

 動物団体や当局などによると、大型犬も小型犬も、黒い犬から茶色の犬、ブチの犬まで、人口200万人の都市のブカレスト(Bucharest)には野犬4万匹が生息している。

 野犬は1980年代に急増した。当時の共産党の独裁者、ニコラエ・チャウシェスク(Nicolae Ceausescu)大統領がブカレストで最も古い住宅街を解体し、アパートを建造したことが原因で、ペットを手放す飼い主が増えたことがきっかけだった。

 ルーマニアでは、今でも避妊手術が制度的に実施されていないため、要らなくなった子犬を捨てる人も多い。だが一方で、動物団体や犬愛好家らは野犬にごはんを与え、ワクチン接種まで行うことも多い。

 しかし、野犬の急増に対しては、地元当局も対策を実施。2001年から2007年にかけて、およそ14万5000匹の犬が安楽死処分となった。これに激怒した動物団体が「犬のジェノサイド(集団虐殺)」だと厳しく非難し、活動の結果、ルーマニアでは健康な犬の安楽死が禁止されることになった。

 だが現在、議会ではルーマニア国内の野犬頭数を抑え込もうと新たな法案が審議されている。この法案のもとでは、捕獲された成犬については、30日以内に飼い主が現れるか、新たな飼い主が名乗り出ない場合、地元当局が安楽死処分するか保護を続けるかを決められることになる。

 ブカレストの地元当局者、Mihai Atanasoaei氏は、AFPの取材に、「地元当局の最も重要な仕事は、住民の健康などに配慮することだ」と語る。同氏は「4万匹の野犬の結果、2010年には1万3000人がかみ傷を負った。2009年には1万1000人だ」と述べ、2004年以来、犬のかみ傷が原因で4~5人が死亡していると付け加えた。

 今回の規制議論が起きたのも、今年1月に、倉庫に入ろうとした女性が数匹の犬にかみつかれ、死亡したことがきっかけとなった。

■「安楽死」に抗議の声

 法案が審議される中、動物愛護団体は、安楽死よりも避妊手術の方が良いと主張し、法案に反対する抗議デモを連日行っている。

 動物団体「Vier Pfoten(4本の足)」のKuki Barbuceanu氏は、「当局は安楽死が最も安価で迅速な手段だと言う。だが、犬がいなくなった場所にはすぐ別の犬が住み着くようになる。延々と同じことが続くだけだ」と語った。

 法案はルーマニア国外でも話題となった。

 フランスの元女優で動物愛護運動家のブリジッド・バルドー(Brigitte Bardot)さんは、犬を殺処分にすることは問題の解決にならないと訴え、ルーマニアの議員たちに法案に反対票を投じるよう呼びかけている。

 一方、一部旅行ガイドは、ルーマニアの野犬について、「お腹をすかせた犬の一団に襲撃される危険性がある」と注意を呼びかけている。

 ルーマニアに家族旅行で何度か訪れたことのあるフランスのドミニクさんは、初めてのルーマニア訪問の際には、こういった注意事項を読んだために、かなり警戒したと語る。

「だけど、こっちに着いてみれば、犬たちはみんなよくご飯をもらっていて、攻撃的じゃなかったよ」と、ドミニクさんは述べ、「すぐに見慣れた存在になったし、ただ単になでられたくて寄ってくる犬にも何回も会ったよ」と語った。

■野良犬をセラピーに

 動物団体「4本の足」は、野犬は体の不自由な人のためのセラピープログラムなどに活用できると語る。2004年以降、同団体では「人びとのためのワンちゃん」プログラムを実施しており、子どもたちのコミュニケーション能力や運動能力を高めるために役立っているという。

 2007年以降、NGOの「GIA」は、ルーマニアとドイツ、フランス、米国で1500匹の野犬の里親探しを仲介した。GIAのRaluca Simion氏は「状況は変わってきている。ルーマニアの野犬たちが、首輪をつけ飼い犬となって散歩している姿をよく見かけるようになってきた」と語る。

 ジョージアナ・ピロスカ(Georgiana Pirosca)さん(31)は、13年前に野良犬を拾った。寒い冬の日で、半身不随の子犬をかわいそうに思い、ひと晩のつもりで家に入れたという。だが、ピロスカさんは今でもその犬、ピクーを飼い続けている。

「ピクーは家族の一員よ」と、ピロスカさんは語り、近所の野良犬にえさを与える日課のために、外へ出かけて行った。(c)AFP/Anca Teodorescu