【8月30日 AFP】読めるけれど書けない――。パソコン・ケータイ世代の日中の若者の間で、「漢字健忘症」とでも呼ぶべき現象が広がっている。

 中国青年報(China Youth Daily)が4月に実施した調査では、回答した2072人の若者の実に83%が「漢字を書くのに難がある」と答えた。

 中国で「提筆忘字(書こうとすると字を忘れる)」といわれる漢字健忘症が広がっているのは、パソコンや携帯端末で文字入力する際、中国語の読み方をアルファベットで示したピンインで入力する人が大半だからだ。ユーザーは表示された漢字の一覧から意味にふさわしいものを見分られさえすればよく、自分でその漢字を書ける必要がなくなる。

 日本でも状況はよく似ている。携帯やPCは、読みを入力して表示される漢字一覧から正しいものを選べれば事が足りる。こうして漢字は忘れられる一方だ。

■漢字が書けない日中若者たちの嘆き

 銀座で出会った女性(23)は「変換機能に頼りすぎだとは思う。中学高校で勉強した漢字はほとんど忘れてしまった」と話した。都内の大学生(22)も、「手書きすることはほとんどないですから。漢字を書こうとすると、いつも大体は覚えてるんですが、完璧に書けなくていらいらします。線がもう1本あったかどうかとか、最後の点がどこにつくのかとか、忘れてしまってるんです」と半ばあきらめ顔だ。

 中国の若者の声もそっくりだ。香港の21歳の大学生は、「ペンをもっていざ書こうとすると出てこない。『恥』みたいな簡単な漢字でもダメ。形は分かっても、書き方が分からない」とこぼす。思い出せないと携帯端末を取り出して漢字を表示させ、それを見て書き写す始末だという。

 香港大(Hong Kong University)の蕭慧婷(Siok Wai Ting)助理教授(言語学)は、文字は書いて覚えるしかなく、書き方を忘れてしまうと、そのうちに読む能力にも影響してくると注意を促す。蕭助理教授は研究で、漢字を読むときにはアルファベットを扱うときよりも、脳の運動野に近い部分が働いていることも発見した。運動野は手書きする際に働く部分だ。

■漢字が無くなっても困らない?

 中国の革命指導者、故毛沢東(Mao Zedong)主席はかつて、「大衆が参加する新しい社会」のためには漢字の廃止が必要になると述べ、複雑な漢字を簡略化した簡体字を導入した。それと同様、漢字健忘症は「進化の自然プロセス」だと、米ペンシルベニア大(University of Pennsylvania)のビクター・メイアー(Victor Mair)教授(中国語)は言う。「ITツールに漢字を持ち込むのが難しい原因は、漢字の筆記体系そのものにある。漢字入力を一気に簡単にする魔法なんてない」

 米アップル(Apple)のiPhonesや各スマートフォンでは、タッチスクリーンに漢字を手書きして入力できるオプションを提供し始めた。しかし、漢字の知識が乏しくなっても今後はそんなに困らないという意見もある。

 中国南部のニュースポータルサイト、Dayang Netのアンケートでは、回答者の80%が「書き方を忘れた漢字がある」と答えた一方、43%は漢字を手書きするのは「署名をするときか、記入用紙などに書き込むときだけ」と答えた。

 中国のブロガーで翻訳家のC. Custer氏いわく「中国には美しい流れるような文章をすらすらと漢字で書くことのできる人がたくさんいるという考えは、ロマンチックなファンタジー」なのだ。「ほぼすべての中国人が携帯端末をもっている今、漢字を書けないことはほとんど問題にならない」 (c)AFP/Judith Evans