【4月27日 AFP】はだかでベッドに座り、手で覆った両方の豊かな乳房をにこやかに見つめている洋子(Yoco)の写真。しかし次の写真では、右の乳房はなく、その代わりにばんそうこうがはられている。

 窓の向こうをぼんやりと見つめている洋子。キャプションには、「何も感じないの」とある。胸には、がんを取り除くために外科医のメスが刻んだ傷跡が縦横に走り、血管は青く浮き出ている。

 この、異質ながらも親密な空気が漂う写真集のタイトルは『その咲きにあるもの』。新鋭写真家・宮下マキ(Maki Miyashita、35)が、乳がんを宣告された2児の母、洋子(38)が新しい自分に生まれ変わっていくまでの2年間を追ったフォト・ドキュメンタリーだ。

 宮下は言う。「洋子にしてみるとその最初の一回の撮影だけでよかったんです」。それはつまり、乳房を切除する前のナチュラルな姿を写真に収めておくという意味だった。しかし、「この人を撮るということはすごく長期で撮ることになるだろうという予感があった」

■「セラピー効果があるんだな、と思うようになった」

 宮下は洋子に、これからも撮り続けていいかと尋ねた。そして、乳房を失った喪失感、涙、絶望、最後には新しい体と共に生きていく決意が写真に刻まれていき、その期間は2009年7月までの2年間に及んだ。このプロジェクトには、創造性の追求のほかに、治療という狙いもあった。そして写真集は3か月後の同年10月に出版された。

 洋子は、「そのころの数年間は何か大きな渦にもっていかれそうな感じだった」と宮下と向き合っていた頃のことを振り返る。「当時のことは夢中ではっきり覚えていないけれど、やっぱりすごく強く求めていたんだと思う。(ヌードを撮影したことに)セラピーの効果があるんだな、とは後から思うようになった」

 宮下は、手術後、洋子が体だけではなく自分の内面もさらけ出した瞬間のことを鮮やかに覚えている。

 バスタブの中で涙を流しながら崩れ落ちるところを撮影した1枚の白黒写真がある。洋子の右の乳房と乳首は、彼女の耳と内またから取った軟骨で外科的に再建されていた。自分の身体ではないみたいで、ちぎり捨てたかったと洋子は振り返る。
 
 あるとき、宮下は洋子に胸を見せた。「ホテルでヌード撮影をしているときに、はじめて彼女に私の乳房を見せてほしいといわれたんです」と宮下は語る。「それで見せたら、一言、ああ、きれいねって」

「しばらくしたらすすり泣く声が聞こえてきて、見にいったら泣いていた。かつて自分にも温かくやわらかい乳房があったのを思いだして、ただなつかしくて泣いてしまったって」

 男性誌の中吊り広告や街中の看板に性的な画像があふれる日本だが、いまでも女性はヌード写真などにかかわるべきではないという風潮が強い。

 2006年、米ファッション誌ハーパーズ・バザー(Harper's Bazaar)は地下鉄表参道駅に米人気歌手ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)が妊娠中に撮ったヌード写真を使用した大型ポスターを掲示しようしたが、地下鉄側は腰から下を隠すよう求めた(その後利用者からの求めに応じて、修正なしでの掲示が認められた)。

■ヌードを通じて自分自身を再発見

 しかし、女性たちの間で肩肘張らずにカメラの前で服を脱ぐ新しい流れが生まれている。悲しみや喜びのなかで自分自身を再発見するために。

 妊婦のヌード写真を専門に手がける東京のある写真スタジオは、月に1~2件だった撮影依頼が、数か月のうちに70件にまで増えた。

 ヌード写真を撮った妊娠中の女性(31)は「それまでは一人でおなかを見て楽しんでいた」と話す。「明らかに女性のヌードはいろんな視線にさらされている。若々しくてくびれているのが素敵なものとされるけれど、妊娠するとそんな規格からどんどん外れてしまう」

「でも外れていってしまう私の体が素敵だと思える価値観がある。(女性の体が)男性の目線で撮られるものが多い中で、そうでない目線で撮ってもらうことが大きい」

 妊娠7か月の別の女性(34)は、すこし悩んだ末に服を着た姿でプロのカメラマンに妊娠中の姿を撮影してもらった。 「最初は気持ち的に準備できていなくて、どんどんお腹が大きくなって自分の体がこわいくらいだった。でも体の変化、お腹が大きくなってきたことが楽しめるようになってきたから、記念に撮ろうと思った」

 マタニティフォトの専門スタジオ「ネーブル(Navel)」を経営する高田奈付子(Natsuko Takada)は、前年マタニティヌード写真集を出した人気歌手のhitomiに触発された妊婦が多いようだと話す。

 宮下はヌードのセルフポートレートを撮るのは使い捨てカメラを持ち歩くことに慣れた30歳前後の女性が多いという。洋子には洋子のヌードを撮る理由がある。

「女性は、その人の人生が体にくっついてくる。手術した痕とか出産した痕とか。退院して自分の体を受け入れはじめて、この体でもまだ素敵なんだと思えるようになってから、後になってこれがセラピーになると思うようになった」

(c)AFP/Harumi Ozawa