【11月12日 AFP】ルネサンス期の画家ラファエロ(Raphael)の最も有名な壁画の複製が、寝室の壁から発見されたという民家が存在する。

「心臓が止まるかと思ったよ」と語るのは、イタリアの首都ローマ(Roma)西部の港町、チビタベッキア(Civitavecchia)に住む元警官のタルチシオ・デ・パオリス(Tarcisio De Paolis)さん(64)。

 1972年、寝室の隣に浴室を増築しようと漆喰(しっくい)を取り除いていて、痛みの激しい古いフレスコ画を発見した。「最初に聖ペテロの剣が見え、それから手と腕があらわれたんだ」
 
 フレスコ画は、バチカン美術館(Vatican Museums)のヘリオドロスの間(Room of Heliodorus)に描かれたラファエロ作品の精巧な複製画だった。ラファエロと同じルネサンス期に活躍し、木彫で有名なウーゴ・ダ・スカルピ(Ugo da Scarpi)の弟子が描いたとみられている。

 ヘリオドロスの間は、現在一部が美術館になっているバチカン宮殿(Apostolic Palace)のなかで、ラファエロとその弟子たちがフレスコ画を描いた4つの小部屋の1室。当時ラファエロを招いたのは、ローマ教皇ユリウス2世(Pope Julius II)だった。一方、デ・パオリスさんの家は中世のころ、チビタベッキアの要塞の一部だったとみられる塔を拡張して作られている。

 ブリュッセル大学(University of Brussels)のラファエロ研究者、Nicole Dacos名誉教授(美術史)は、前代未聞の事例であるうえ、複製の完成度は傑出していると感嘆する。作成を依頼した人物は、「ローマとチビタベッキアを頻繁に行き来していた軍高官や地元の有力者」ではないかと想像する。チビタベッキアは当時、教皇の艦隊の母港だった。

■500年前のフレスコ画の横で眠る

 フレスコ画の発見で、デ・パオリスさんと妻のテレサさんは、この家から出て行かなくてはならないと覚悟した。しかし発見から四半世紀、夫妻は今も毎晩、500年前の壁画の横で眠っている。夫妻が呼んだイタリア文化省の専門家たちが、しかるべき対応を取らなかったためだ。

 最初に来た専門家チームは、壁画の一部を削って持って帰ったきり音沙汰がなかった。デ・パオリスさんは怒って壁を元通りにふさいでしまった。すると、別の専門家たちがやってきたものの、またも調査は中断したまま放置された。「それ以来、壁はそのままにしてあるんだ。寝るのには何の問題もないからね」

 それから37年後、元ジャーナリストのアルバロ・ランツォーニ(Alvaro Ranzoni)さんの努力で、壁画は最近ようやくその価値にふさわしい注目を浴びた。

 夫妻はもし、壁画が修復され一般公開されるのであれば、そして代わりに小さな家を用意してもらえるのであれば、家を明け渡してもかまわないと話している。(c)AFP/Gildas Le Roux