【9月22日 AFP】ロシアの故ボリス・エリツィン(Boris Yeltsin)大統領が亡くなる前の数年間、彼の後任となったウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領(現首相)が築いた「金のかご」ともいえる監視下に置かれ、エリツィン氏は電話を盗聴されていると語っていたと、現政権批判で知られる野党指導者ミハイル・カシヤノフ(Mikhail Kasyanov)元首相が主張している。

 カシヤノフ氏は、プーチン大統領時代の1期目である2000年から4年間首相を務めたが、04年にプーチン大統領自身によって解任されて以降、激しいプーチン批判に転じた。

 カシヤノフ氏の主張は、21日の野党系週刊誌ニュー・タイムズ(New Times)に、ある本からの抜粋として掲載された。エリツィン氏が死去した2007年までの数年にわたり直接、同氏と交わした会話に基づいているという。

 ソ連崩壊後のロシア連邦大統領だったエリツィン氏は2000年に辞任し、その後任にはプーチン現首相が就いたが、大統領となったプーチン氏は国家統制を強化し、欧米諸国とロシアの関係は悪化した。

■隔絶された孤独な引退生活

 カシヤノフ氏は、エリツィン氏はプーチン大統領の方針を快く思わず、またモスクワ(Moscow)郊外での引退生活に孤独を感じていたとしている。

 またエリツィン氏は、「彼らはわたしの電話を盗聴している」と述べ、カシヤノフ氏に、監視を避けるためにエリツィン邸に電話するたびに新しい携帯電話を買ってかけるようにとも忠告したという。

 また、プーチン現首相の命によって晩年のエリツィン氏に対する訪問も制限されていたという。プーチン現首相は閣僚全員に、彼らがエリツィン氏を訪問するとエリツィン氏を動揺させ、健康を悪化させるからという理由で、エリツィン氏を訪問しないよう求めたこともあるとカシヤノフ氏は指摘し、「これは表面上は協力の呼びかけだったが、実際は命令だった」と記している。「この『要請』の後、わたしとボロシン以外、誰もエリツィン氏に会いに行かなくなった」。アレクサンドル・ボロシン(Alexander Voloshin)元大統領府長官とカシヤノフ氏だけが、エリツィン氏がクレムリン内で最後まで信頼できた2人だったという。

 こうしたカシヤノフ氏の主張について、プーチン首相の広報を担当するドミトリー・ペスコフ(Dmitry Peskov)首相報道官はAFPのインタビューで「コメントにも値しない」と一蹴した。

 2008年、カシヤノフ氏は大統領選に出馬しようとしたが、同氏が集めた立候補登録のために必要な署名に不正があったとして、選管に立候補者から除外された。

 カシヤノフが語るエリツィン氏の晩年は、スターリン時代からの転換を進めたものの、1964年のクーデターで失脚し、事実上の自宅軟禁下で晩年を過ごしたニキータ・フルシチョフ(Nikita Khrushchev)ソ連共産党第1書記の姿と重なる。(c)AFP/Alexander Osipovich