【2月26日 AFP】ほとんどの英国人にとって、一流サッカー選手が集まる英プレミアリーグ(Premier League)でプレーすることなどは、大それた野望にすぎない。だが、川の中までもボールを追いかける英国一クレイジーなフットボール大会、「ロイヤル・シュローブタイド・フットボール(Royal Shrovetide Football)」ならば、老若男女誰もが参加できる。

■街全体がフィールド、商店は休業

 毎年、英中部ダービーシャー(Derbyshire)州の古都アッシュボーン(Ashbourne)で開かれるこのフットボール大会の起源は、中世12世紀ごろまでさかのぼる。ほとんど12世紀当時の原型のままに行われるこの大会は、英国の数ある伝統行事のなかでもひときわ風変わりな「アドレナリン全開」イベントだ。

 大会の開催日は、キリスト教の「ざんげ節(シュローブタイド、Shrovetide)」の最終日「ざんげの火曜日(Shrove Tuesday)」と、信者が4月の復活祭(イースター)に備えて準備を始める四旬節(Lent)の初日「灰の水曜日(Ash Wednesday)」の2日間。今年は24日と25日に行われた。

 アッシュボーンの住人は、街の真ん中を流れるヘンモア(Henmore)川を境に北側と南側のどちらで生まれたかで、「アッパーズ(Up’ards、上手チーム)」と「ダウナーズ(Down’Ards、下手チーム)」に別れる。街全体が競技場と化し、約2000-3000人が道路や野原を駆け巡り、ほぼ乱闘状態で1つのボールの争奪戦を繰り広げる。通りに面した商店はウィンドウに木を打ちつけて店舗を防御し、試合中は救急班が控える。

 ゴールは街の両端の川岸に残る製粉用水車のひき臼だった石で、両ゴール間は5キロ。ルールはいたってシンプルで、「殺さない、ボールを隠してはならない、教会の敷地に入ってはならない」の3つだけだ。

 参加する住民は、伝統とプライドを懸けて競技に臨む。

 使用するボールは、皮製で中にはコルクを詰めた特製だ。中身がコルクなのは、川の中でも浮くようにするためだ。実際、競技中にボールをけることは少なく、ラグビー同様、ボールを抱えて走るプレーが大半。群集の中にボールが投げ入れられた瞬間から、試合開始となる。

■ラフプレー連続、場外乱闘やけが人も

 プレーは極めて荒々しい。プレミアリーグでみられるような選手同士の軽い衝突や、負傷したふりをするシミュレーションの余裕などはまったくない。10人で構成する実行委員会の一員、ピーター・ロウボウサム(Peter Rowbowtham)さん(73)は、40年もの間このゲームを見届けてきた。「試合は本当に荒っぽい。足首やろっ骨を折ることだってある。必要なのは丈夫な靴と忍耐力だね」と語る。

    「ボールはどこにだって行ってしまう。昨日はパブの前のドアから入って、後ろのドアから出て行ったよ。みんなクリスマスからトレーニングするんだ。(シュローブタイド・フットボールは)英国人としての誇りだからね」(ロウボウサムさん)

 自陣のゴールとなる石にボールを当てれば、ゴールとみなされ試合終了。ボールはゴールを決めた人が所有できる。勝利チームは「ヒーロー」を胴上げし、試合開始場所の「グリーンマン・パブ(Green Man Pub)」に凱(がい)旋する。どちらのチームもゴールを決められない場合は、夜10時に試合終了となる。

 アッシュボーンのシュローブタイド・フットボールに、英王室との関わりを示す「ロイヤル」の冠が付いたのは、英国王エドワード8世(King Edward VIII、1894年-1972年)が皇太子だった1928年に、ゲーム開始のボールを投げ入れてからだ。現在のチャールズ皇太子(Prince Charles)も2003年、伝統の継承を守る地元の熱狂的なサポーターとともに、開始の「スローイン」を行っている。

■アッシュボーン住人の夢、シュローブタイドのゴール

 今年の「灰の水曜日」は25日。ゲーム開始時刻の午後2時、開始地点のショークロフト駐車場は、競技に参加しようとする人たちで膨れあがった。ルール説明の後、子ども連れの見学者たちは、後ろに下がるよう注意を受けた。

 続いて「蛍の光(Auld Lang Syne)」と英国歌「神よ女王を護りたまえ」(God Save the Queen)斉唱の後、住民の代表ショーン・グリフィン(Sean Griffin)さん(88)がボールを投げ入れ、ゲームが始まった。

 午後7時23分、夕闇が迫る中、「アッパーズ」チームは泥だらけの集団となり、自分たちのゴールである「スターストン(Sturston)の臼」にボールを当てようと、川岸を猛ダッシュで駆け下りる。

 ついにゴールを決めて拍手喝さいを浴びたのはロビン・ライト(Robyn Wright)さん(29)。体はぼろぼろ、服は汗と泥でびしょ濡れ。疲労困ばいの極みながらも、一躍「アッシュボーンの英雄」として脚光を浴びた。「信じられない。人生で最高の日だよ。このゴールは本当に、子どものころの夢のひとつ。アッシュボーンに生まれれば誰もが夢に思うシュローブタイドのゴールを挙げたんだからね」(c)AFP/Robin Millard