王妃マリー・アントワネットの離宮、修復を終え再オープンへ

2008年10月01日 09:20 発信地:パリ/フランス

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×修復が終わり公開された、ベルサイユ(Versailles)宮殿の敷地内にある離宮プチ・トリアノン(Petit Trianon)の内部(2008年9月22日撮影)。(c)AFP/JACQUES DEMARTHON

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【10月1日 AFP】パリ(Paris)郊外にあるベルサイユ(Versailles)宮殿の敷地内で18世紀末に王妃マリー・アントワネット(Marie-Antoinette)が使用していた離宮プチ・トリアノン(Petit Trianon)の修復が終了し、10月2日から一般公開される。

 プチ・トリアノンは、1774年に夫であるルイ16世から結婚の記念にアントワネットに贈られたもの。3階建てのピンク色の外観で、ルイ15世に仕えていた建築家ガブリエルが設計した。アントワネットが宮殿の厳格な慣習から逃れるために使用したといわれ、劇場や小さな農村も作られている。

 この建物は以前も一般公開されていたが、使用人の部屋などは事務所として使われていたため来場者が見ることはできなかった。530万ユーロ(約8億円)が投じられた今回の修復では、アントワネットが使用していた当時とほぼ同様に、絵画室、寝室、家具、使用人の部屋、台所などが再現されている。

 アントワネットがプチ・トリアノンを最後に離れたのは1789年10月5日、ルイ16世とともに革命派によりベルサイユ宮殿からパリに身柄を移された日とされている。そして4年後の1793年、国家への反逆罪で処刑された。オーストリアのハプスブルク家から、わずか14歳のとき、政略結婚のためフランスに送られたアントワネットは、その贅沢指向とフランス革命の最盛期に処刑されたことでよく知られ、長い間、悪女として描かれてきた。アントワネットがただの無能で子どものような王女だったのか、歴史の波にのまれた犠牲者だったのかは、歴史家の間でも長年議論が交わされている。

 しかし近年では、アントワネットに好意的な意見が優勢になっているようだ。2006年には、米女優キルステン・ダンスト(Kirsten Dunst)主演、ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)監督でアントワネットを快活に描いた映画も制作された。今年の3-6月には、パリでアントワネットをモチーフにした芸術作品展が開催されている。

 年間数百万人に上るベルサイユ宮殿への来場者の中で、プチ・トリアノンを訪れるのはわずか数百人のみ。しかし関係者は、今回の改修でその数が増加すると見込んでいる。(c)AFP

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