【4月22日 AFP】北大西洋のアイスランドとノルウェーの間に浮かぶデンマーク領フェロー諸島(Faroe Islands)のコルトゥル島(Koltur)。この島に暮らすビョルン・パターソン(Bjoern Patursson)さんは、海を眺めながら「現代版ロビンソン・クルーソー(Robinson Crusoe)」としての生活に思いを巡らし、「今の生活を変えるつもりはない」とつぶやく。

 この火山島は、寒風が吹きすさぶ上に濃い霧に覆われ、木は1本も育たず、聞こえるのはツノメドリとウの鳴き声、そして岩に砕け散る波の音だけ。だが、パターソンさんは10年前にこの島に恋し、彼の言葉を借りれば「自主的に難破して」、妻のルッカ(Lukka)さんと共にこの島にやってきた。

 以来、19世紀風のこじんまりとした農家を木材で建て、わずか2.7平方キロの島にヒツジ170匹、牧羊犬1匹、スコットランド牛26頭、雄牛1頭、ニワトリを1ダース飼うまでになった。今や50代の夫妻は、この生活に満足していると口をそろえる。

 夫妻は、毎年ヒツジ160匹と牛6頭を解体し、そのオーガニック・ミートと羊毛をヘリコプターで他島に空輸して売る。「大金が転がり込むわけではないが、観光客のおかげでやりくりできている」とルッカさん。

 実際、ある学者がこの島の「歴史的価値」を指摘して以来、訪れる観光客は年々増えている。フェロー諸島の18ある島の中で、この島には唯一、10-11世紀のバイキング侵略の遺構が残されているのだ。

■島に来たきっかけはドキュメンタリー番組

 1584年の記録によると、コルトゥル島には当時、農業を営む2組の家族が住んでいたが、なぜか互いに口をきかなかったという。1860年には40人が暮らしていたが、漁業の衰退に伴い1人また1人と去っていき、1990年に最後の住民がいなくなると無人島になった。

 パターソンさんがこの島の存在を知ったのは1994年のこと。当時はフェロー諸島の政庁所在地トースハウン(Torshavn)の酪農工場につとめ、4万クローネ(約87万円)の月収を得ていた。ところがある日、コルトゥル島がゴーストタウンになってしまった様子をドキュメンタリー番組で目のあたりにし、心を痛めると同時に、夢にまで見たアウトドア生活を実現させようと思い立った。そこで政府にかけあい、同島の観光名所である16世紀の建造物を政府の助成金で修復することを条件に土地を「リーズナブルな値段で」借り受けた。

 だが、14歳と16歳になる2人の娘は街で暮らす親せきに預けたという。「ふつう巣立ちをするのは子どもの方なんですが。でも後悔はしていません」とルッカさんは話す。

 肉屋、羊毛刈り職人、獣医、羊飼い。何役もこなすパターソンさんは、「自分の船の船長にでもなった気分で、楽しんでいる」と語る。この島が近い将来、フェロー諸島初の国立公園に指定されることを望んでいるのだそうだ。

■離島でも現代的な生活、インターネットやヘリも使用

 農作業にはトラクターを使用する。家には電気がひかれ、テレビ、ブロードバンドのインターネット、携帯電話も使える。「外界との通信手段がなければここには住まなかっただろう」とパターソンさんが話すと、ルッカさんも「わたしもよ。わたしは原始人のフライデー(ロビンソン・クルーソーの従僕)だけど、ちょっとした快適さもほしいの」と同意する。

 夫妻は、週に3回、買い物をするために、政府専用のヘリコプターを安価で借りてトースハウンに飛ぶ。美容院や病院はEメールで予約済みだ。

 だが、家族や友人が時たま訪ねてくる夏が終わると、霧や強風でヘリコプターが飛べないために完全に隔離される冬がやってくる。365日一緒にいるというストレスから、ちょくちょく激しい夫婦げんかもするそうだ。(c)AFP/Slim Allagui