【3月7日 AFP】タイのバンコク(Bangkok)で6日に逮捕されたロシアの武器密売業人ビクトル・ボウト(Viktor Bout)容疑者。彼が世界各地の紛争地域に武器を売りさばく「死の商人」としての道を歩み始めたのは、ソビエト連邦の崩壊がきっかけだった。

■6か国語を操る空軍士官

 旧ソ連の空軍士官で6か国語を操るボウト容疑者は、アフリカの紛争地の武装勢力や南米左翼ゲリラなどとの関与を疑われていたが、各国における武器売買撲滅運動の高まりに伴い取り締まりが強化され、米麻薬取締局(Drug Enforcement AdministrationDEA)の1年間に及ぶおとり捜査の結果、ついにバンコク市内の高級ホテルで逮捕された。同容疑者は、このホテルでコロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(Revolutionary Armed Forces of ColombiaFARC)」と数百万ドル規模の武器取引契約を結ぶ予定だったという。

 ボウト容疑者は1967年、当時はソ連傘下にあったタジキスタンの首都ドゥシャシベ(Dushanbe)に生まれた。モスクワ(Moscow)の軍事学校に進学し英語、フランス語、ポルトガル語などを習得。その後、ソ連空軍に入隊した。

 後に起こったソ連崩壊が、ボウト容疑者に思いがけない好機をもたらした。ソ連時代の中古武器、航空機、ヘリコプターなどを格安で入手し、それらを世界各地の紛争地域の武装勢力に売り飛ばし大金を入手するという武器密輸ビジネスに手を染めたのだ。

 ソ連製の航空機やヘリコプター、そしてそれらを操るパイロットも、すべて頑丈な上にメンテナンスが楽で、なんと言っても安かった。

 また、ソ連の諜報機関「国家保安委員会(KGB)」のメンバーだったとの疑惑も持たれている。自身はこれを度重なり否定してきたが、2003年の米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)とのインタビューでは、1992年にソ連製アントノフ輸送機3機を12万ドル(約1230万円)で購入した事実を認めている。

■アルカイダやタリバンともつながり

 こうしてボウト容疑者が世界を股に掛け暗躍する中、英国のピーター・ヘイン(Peter Hain)外相(当時)が同容疑者を「死の商人」と呼んで非難。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)も、同容疑者が1度に50機を超える航空機で大量の武器をアフリカに密輸した事実を告発。英メディアも同容疑者と国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)やアフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)とのつながりを指摘した。

 このほかにもボウト容疑者は、国連(UN)の武器禁輸措置下にあったリベリアのチャールズ・テーラー(Charles Taylor)大統領(当時)にも武器を密輸していたとされる。 

 ボウト容疑者に関するノンフィクションを著したジャーナリストのダグラス・ファラー(Douglas Farah)氏は同容疑者について、「ベルリンの壁崩壊後の1990年代初頭、共産主義の終焉と突如として出現した資本主義の混乱が生み出した特異な人物」と評する。

「ボウト容疑者の闇ビジネスの仕組みは単純だ。中古航空機をただ同然で手に入れ、これに安価で購入した武器を詰め込み、そして顧客のもとへ空輸する。この3段階のビジネスを合体させた」(ファラー氏)

■知名度の高さが裏目に

 一方、英国のNGO「王立国際問題研究所(Royal Institute of International Affairs)」でアフリカ問題を担当するアレックス・バインズ(Alex Vines)氏は、「NGOや国連の報告に何度となく名前が出たせいで、ボウト容疑者は一種のセレブリティと化していった」と指摘する。

「(ボウト容疑者は)武器密売人の代名詞のような存在になったが、同様の武器ビジネスを行う人間はほかにも大勢いた。そうして名前が売れてしまったことこそが、彼の問題だった。こうした闇ビジネスは、高い知名度があってはうまくいかないものだからだ」(バインズ氏) 

 ボウト容疑者の暗躍は、ニコラス・ケイジ(Nicholas Cage)主演の米映画『ロード・オブ・ウォー(Lord of War)』(2005年)の下敷きにもなった。(c)AFP/Michel Moutot