【10月15日 AFP】中絶問題ほど米国内で討論が過熱する問題は少ないだろう。英映画監督トニー・ケイ(Tony Kaye)の新作ドキュメンタリー『Lake of Fire』は、この中絶をテーマにしている。

 現在、米国で限定公開されている同作品は、中絶反対派及び賛成派の主要人物のインタビューなどで構成された2時間30分におよぶもので、中絶手術をモノクロで生々しく描いてもいる。

 CMやミュージックビデオなどで経験を積んだのち、1998年のネオナチを描いた作品『アメリカン・ヒストリーX(American History X)』を監督したことで知られているケイ監督は、AFPのインタビューに対し、「中絶問題には監督を始めたころから興味があり、これまで一度も描かれたことのなかった中絶を描いた作品を撮らねばならないと考えていた」と語った。

 ある場面には、実際の後期中絶の様子が描かれており、子宮から取り出された胎児の腕、足、顔の一部が明確に映っている。「これまでで、最もショッキングな映像でしょう。人間が殺されるのを描くのは違法ですからね」(ケイ監督)

 これらは中絶反対派が用いるたぐいの映像であり、ケイ監督はさらに、ハンガーを使い自ら中絶を行おうとして失敗し死亡した、膝をつき前にかがんだ女性の姿も躊躇なく映している。

 中絶反対派ジョン・バート(John Burt)氏が中絶容認派のことを表現した「Lake of Fire」がタイトルとなったこの作品に、ケイ監督は15年間を捧げてきた。撮影を始めたときの目的は、双方の議論を見せることだったという。「テーマは、プロパガンダ的な手法ではなく議論を引き起こすために、中絶問題を描くことだった」

 さらに監督は、「どちらの立場も取らずに、この問題を掘り下げるものを作る」ことも目標だったと語った。「わたしは自分の視点というものを持っていないので、簡単なことです。政治家でも解説者でもありませんから」

 映画に登場する、左派で言語学者のノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)氏は、「聖書から答えは得られません。生物学者からも得られません。これらは、人間的な問題なのですから。矛盾する価値観があって、どちらも合法なのです。選択することも合法だし、命を守ることも合法です」と語っている。

 映画がどんな結論に導こうとも、ハーバード大学のアラン・ダーショウィッツ(Alan Dershowitz)教授によれば、「中絶問題では、皆が正しい」という。「結局は人間が決めなければならないのです。宗教、精神、善悪の概念などを根拠に、われわれ各個人が決めなければならないのです」

 作品の中で重要人物のひとりとなるのは、1973年に米国で中絶を合法化するきっかけとなった「ロー対ウェイド事件」裁判の原告だったノーマ・マコービー(Norma McCorvey)氏。同氏はその後もこの問題に影響を与え続けている。

 以前は中絶容認派のシンボル的存在だったマコービー氏だが、中絶反対運動により、「わたしは、すべての死んでいった子どもたちの責任を負っているのだ」とわかり、中絶反対派になったと作品の中で語っている。

 長い間、この作品に携わってきたケイ監督だが、今でも中絶問題における自分の立場はわからないとしている。「この問題については、何が正しいのか本当に分かりません。撮影を始めた当初もわかりませんでしたが、撮り終えた今ではさらに混乱しています」。(c)AFP