【7月5日 AFP】俳優のトム・クルーズ(Tom Cruise)がヒトラー(Hitler)暗殺を企てた実在のドイツ人貴族を演じる作品を制作中のアカデミー賞受賞監督、フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(Florian Henckel von Donnersmarck)氏は5日、ベルリン(Berlin)市での撮影を当局が不許可にしたことに対し、非難を表明した。

 ドイツ政府は前週、問題の作品「ワルキューレ(Valkyrie)」について、シュタウフェンベルク大佐が1944年、ヒトラー暗殺未遂後に処刑された場所での撮影およびキャストやスタッフによる立ち入りを、同作品のディレクターであるブライアン・シンガー(Bryan Singer)氏に許可しない方針を発表した。処刑の場所は現在、Bendlerblockという追悼の場となり、国防省の敷地内の一角にある。

■地元紙は当局非難「ドイツのイメージアップの機会を失った」

 ドナースマルク監督は当局の判断について、日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(Frankfurter Allgemeine Zeitung)に一面を占める抗議文を寄せ、「ベルリンはまたとない機会を逃した」と非難、「クルーズ氏が(ヒトラー暗殺未遂事件の伯爵)クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク(Claus Schenk von Stauffenberg)大佐を演じることは、サッカーW杯を10回やるよりもドイツのイメージアップにつながるのに」と書いた。同監督は今年2月、旧東ドイツの秘密警察を描いたドイツ語作品「善き人のためのソナタ(The Lives of Others)」で、第79回アカデミー賞の最優秀外国語映画賞を受賞した。

 また監督は、ドイツ当局が新興宗教サイエントロジー教会(Church of Scientology)をクルーズが信仰している点にあからさまな懸念を表明したことについて、(他国に)ドイツは非寛容な国だと思わせると非難した。監督は、「シュタウフェンベルク大佐とヒトラー暗殺の共謀者たちが当時、非ドイツ的な、祖国に対する裏切り者だとみなされたように、(第2次大戦の)戦勝国のトップスターでさえも、彼の個人的見解が現代のドイツに合わないとして、われわれの英雄シュタウフェンベルクを演じる資格はない、とみなされる」と皮肉たっぷりに記した。

 これに対して政府広報官は、クルーズとサイエントロジー教会の関係と、当局の決定には何の関係もないと否定した。ディレクターのシンガー氏は警察署での撮影許可も「あまりに混乱させる」ことを理由に、当局に却下されたと報じられている。

■ヒトラー暗殺未遂事件

 クルーズが演じる予定のシュタウフェンベルク大佐は1944年7月20日、当時の東プロシアにあったナチス(Nazi)の東部方面司令部での会議で、テーブルの下に爆弾を仕掛けたかばんを置き、ヒトラー暗殺を狙ったナチス将校グループの首謀者。しかし爆発前に別の将校が、カシ製のテーブルの丈夫な足の後方に鞄を置きなおしたため、ヒトラーは軽傷を負っただけだった。

 1944年7月以降、ドイツが降伏し欧州での戦闘が終結する1945年5月まで、ナチスの強制収容所における大量虐殺の犠牲者は爆発的に増加し、またドイツ人400万人、ソ連兵士150万人、連合軍兵士10万人以上などが命を落とした。そのため、このヒトラー暗殺未遂事件は現在、20世紀の大きな悲劇の一つに数えられている。

 一方、ドイツ当局がクルーズの入信に不快を示した米サイエントロジー教会について欧州の多くの国は、幹部が指導者たちに経済的利益を与えて満足させることで信者を増やし、さらに信者らを統制するために「全体主義的な手法」を駆使していると疑っている。同教会はドイツの連邦憲法擁護庁その他の治安監視組織の監視下にある。2007年1月にはベルリン市に大規模な支部を新設、ドイツで政治的基盤を築くのではないかと恐れられている。 (c)AFP