【シンガポール 3日 AFP】豊かではあるが厳しい規制で知られるシンガポールの観光事業では、決して語られることのなかった赤いネオンが輝く夜の街。しかし、同国での売春は合法であり、最も活気ある売春宿街の1つ、ゲイラン地区が、ある映画の舞台にまでなった。

■シンガポールの意外な顔

 ゲイラン地区にとても興味を引かれたタイの映画監督エカチャイ・ウアクロンタム(Ekachai Uekrongtham)は、ついに「Pleasure Factory」と題した中国語の長編映画を撮ってしまった。公開は今年中の予定。

 同作品に出てくる売春宿がうごめくゲイラン地区のシーンは、家族でショッピングや観光を楽しむような、シンガポールが細心の注意を払って作り上げてきたイメージとはかけ離れている。

 週末になれば、大勢の観光客、海外からの労働者、売春婦らでゲイランの街はごった返し、取引が成立した者同士からモーテルや政府が認可した売春宿に静かに消えていく。

 「シンガポールはとても美しく洗練された街で、私は大好きです。しかしたまには、予想もしない混沌とした状況が恋しくなることもある。それによってリフレッシュできることもあるでしょう」ウアクロンタム監督はAFPの取材に対し語った。

■監督を引き付けたゲイラン地区

 42歳のウアクロンタムは、日本でも「ゲイ・ボクサー」として話題となった実在のムエタイ選手パリンヤー・ジャルーンポン(Parinya Charoenphol)の半生を描いた映画「ビューティフル・ボーイ(Beautiful Boxer)」を世界中で大ヒットさせ、15もの賞に輝いた映画監督。そのほかには、シャム双生児の実話をミュージカル風に描いた「Chang and Eng」も手がけている。

 シンガポールで教育を受けたウアクロンタムがゲイランに対し興味を持ち始めたのは、彼が20代の時、タイ発祥のエナジードリンクのサンプルを同地区で売春婦やその顧客に配っていた頃だ。「その地区の人間たちには、もっと精力が必要だと会社は思ったのだろう」めがねをかけたウアクロンタムは皮肉たっぷりに言った。「でもこの経験は、僕にとって深く印象に残ったし、この場所とそこのいる人々に対して、ある種の先入観が植え付けられてしまったんだ」

 劇団ACTION Theatreの創設者で芸術監督も務めるなど、シンガポールを拠点に活動するウアクロンタムは、映画に登場するゲイラン地区をまるで登場人物のように語る。「物質的に混沌としているだけじゃない。精神的にも混沌としているから、本当に次に何が起こるかなんて予想できない」

■様々な経験を生んだ撮影過程

 しかし、同地区を4カ月にわたり調査した結果、シンガポールの性産業に対する概念が急激に変わったという。撮影中ウアクロンタムは、「最も意外な環境で美しさと人々のつながりを見つけた」と語った。

 ゲイランの街並を散策し、売春婦やその客、食べ物を売る人や売春あっせん業者と友だちになり、映画の登場人物のヒントを得たという。「楽しみを求める人々と、与える人々。その2つの生き方が交差するんだ」と映画について語った。「そして、知らず知らずのうちに、立場が逆転しているときもある」

 映画の出演陣には、2004年のタイのゴールデン・ホース映画賞(Golden Horse Film Awards)主演女優賞を獲得したYang Kuei-Meiと、オーストラリアとラオスの祖先を持ち、タイを拠点に活動している俳優Ananda Everinghamら。そのほかにも、ゲイランの街角やショッピング街などでスカウトされた新人らもいる。

 Yangが演じるのは売春婦。一方、Everinghamはコンビニで偶然若い女性と遭遇した後にゲイランをぶらつく男を演じている。

 赤いネオンが怪しく輝くゲイランでの撮影は心地よいものではなかった。スペースは狭く、明かりも薄暗い。地下世界に暮らす近寄りがたい人々からは煙たがられた。

 シンガポールの厳格なメディア統制の中、何か規制を受けなかったのかと質問され、ウアクロンタムは笑って答えた。「この映画は権力にあまり依存することなく撮った映画だとだけ言っておこう」

 ウアクロンタムは、この作品が映画ファンを楽しませるだけの映画にならないことを望んでいる。「見た人の心に少しでも残ればいいと思う」と同監督は陽気に語った。

 彼はまた、自分が撮る映画の主題が、周囲から異質のものと見られ、不快に思う人々もいるということを理解している。「僕は自分が興味を引かれるもの取り上げる。本当に理解されていないものや異常だと思われているものは、理解したいと思ってしまうし、その過程で人情を学ぶこともあるかもしれない」

 写真は1日、ゲイランの性風俗店の店内。(c)AFP/Theresa BARRACLOUGH