ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992-95年)の戦犯でセルビア当局に拘束された、当時のセルビア人指導者ラドバン・カラジッチ(Radovan Karadzic)被告。左はロシア・モスクワ(Moscow)で記者会見を行う同被告(1994年3月3日撮影)。右は最近、セルビア・ベオグラード(Belgrade)で撮影された同被告(撮影日不明)。(c)AFP
【7月23日 AFP】(写真追加)ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992-95年)の戦犯で、21日に拘束された当時のセルビア人指導者ラドバン・カラジッチ(Radovan Karadzic)被告(63)について、セルビア当局は22日、同被告の10年以上にわたる暮らしぶりの一端を明らかにした。
十数年にわたって逃亡を続けていたカラジッチ被告の居場所については、さまざまな憶測が流れていた。一部の報道では、同被告は頭を丸めてセルビア正教の修道士に変装し、ボスニアやセルビア、モンテネグロなどの山中に隠れているとされていた。
結局、カラジッチ被告は、外国情報機関からの通報によって、セルビアの首都で、人口200万人のベオグラード(Belgrade)に半ば公然と生活していたことが明らかになった。カラジッチ被告は大きなめがねをかけ、ヒッピーのような長髪と白いひげで巧妙に変装しており、自然療法の民間診療所で医師として勤務していた。移動も公共交通機関を使っていたという。
カラジッチ被告の診療所に来ていた患者らは、自分たちに治療を施していた男性が「欧州のウサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)」(ある米国外交官)と呼ばれているとはまったく知らなかったという。
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia、ICTY)を担当するセルビア側の委員会の委員長を務めるラシム・リャイッチ(Rasim Ljajic)労働・社会政策相によると、カラジッチ被告はドラガン・ダビッチ(Dragan Dabic)という名前の入った外国の偽造書類を使用していたという。(c)AFP/David Vujanovic




