写真は、屋根の落ちた体育館で泣き悲しむ女性。(2004年10月12日撮影)(c)AFP/MAXIM MARMUR
【ベスラン/ロシア 31日 AFP】ロシア南部北カフカス地方の北オセチア共和国の町ベスラン(Beslan)は、精神的、政治的傷跡がいまだに生々しく残る学校人質事件発生から9月1日で丸2年を迎える。
慰霊式典は、鐘の音の合図と犠牲者の数と同じ332個の白い風船が飾られ、9月1日の武装犯行グループが学校に侵入した時間と同じ9時15分(GMT5時15分)に始まる。式典は3日まで続き、3日間にわたったこの事件が凄惨な最後を迎えた午後1時5分に、黙とうの後、子どもたちが風船を空に放つ。
■世界中の視聴者を震撼させた惨劇
チェチェン共和国での戦闘中止を要求する武装グループは2年前、新学年を迎えて生徒や父兄1000人以上の集まった学校(School Number One)を占拠し、彼らを人質に取り、立てこもった。軍と警察は学校を包囲したが、重火器の援護を受けたロシア政府の特殊部隊による突入で学校は大混乱となり、186人の子どもを含む数百人が死亡した。332人目となる最後の犠牲者は、この事件で重傷を負い、回復することなく2週間前に死亡した。
9月3日のこの惨劇は、世界中のテレビ視聴者を身震いさせ、また、大きな犠牲を強いられ、非難を受けながらも10年間にわたって続けてきたチェチェン独立派武力勢力との大規模な戦闘に行き詰っていたロシア政府に衝撃を与えた。一方で、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は、この事件を利用して、それまで進めていたさらなる中央集権化を目指した一連の政治改革を正当化し、世界を驚かせた。
■政府は事実究明に消極的
ロシア政府は、ベスランで事件に巻き込まれた関係者に保証金を支払い、完全な公開調査を約束した。実行犯32人の中で唯一生存する容疑者は5月に終身刑を言い渡された。さらにロシア政府は7月、この事件の犯行声明を出したチェチェン独立派武力勢力の指導者シャミル・バサエフ(Shamil Basayev)司令官を殺害したと発表した。
だが、2年が経った今、多くの事件関係者は、政府がこの悲劇を政府の都合で利用し、事実究明に消極的だと感じている。去年の第1回目の式典同様、2回目を数える今回も事件関係者の間には苦々しい感情が鬱積する。
犠牲者の遺族グループ「ベスランの母(Mothers of Beslan)」は政府関係者による事件への対応のまずさを鋭く批判し、式典への出席をしないよう求めた。「ベスランの母」は公表した声明のなかで、北オセチア共和国首脳や調査チームの幹部を含む多くの政治家に対し、事件のきっかけを作った、事件の詳細を隠ぺいしようとしたなどとして非難した。
「式典の数日間に子どもや愛する者の墓に、彼ら無能な政治家が姿を現すことは、死者と残された人々全てに対する侮辱だ。困難を耐えた過去2年間でこの事件の真実は明かされず、真実は隠ぺいされたことを悟った」、と声明は政府への怒りと失望感を表明している。
■。「1人の男だけに300人以上の死者を出した事件の責任を擦り付けることはできない」
信頼の欠如により、突入で殺害されなかった唯一の犯人とされるNurpashi Kulayevの裁判さえ、被害者と遺族に心の整理をもたらすことはできなかった。「1人の男だけに300人以上の死者を出した事件の責任を擦り付けることはできない。事件現場まで何の妨げもなく武装犯が公道を移動することを許した政府関係者や惨劇を防ぐことができなかった政府関係者も同罪だ」、と父を失ったValery Karlovさんは述べ、政府を公然と非難する。
事件の関係者はロシア議会の特別委員会による照会と調査をも信用していない。「委員会が報告書に盛り込む内容は予想がつく。当局の立場を守ることはすべて書きたてる」と事件発生の日、現場にいた唯一の警察官で、人質にとられた後も生き抜いたFatima Dudiyevaさんは批判的な見方を述べた。
■惨劇を招いた戦闘は学校外部から発射されたロケット弾
委員会のメンバーながらこの委員会の手法に異議を唱えるYury Savelyev氏らが作る調査団体はすでに政府当局に対し、多くの責任を問いただしてきた。爆破物の専門家でもあるSavelyev氏は、惨劇を招いた戦闘は、多くの政府関係者が述べるように、学校を占拠していた武装犯によって口火を切られたものではなく、学校外部から一斉に発射されたロケット弾によるものだったと述べている。同氏はまた、戦車による大規模で無差別な発砲とロケット弾による攻撃が捕らわれていた多くの人質の命を奪ったとも指摘した。他の独立調査団体は、犯人グループは32人よりはるかに多い人数で構成されていた。政府による全犯人の死亡・拘束の発表は当てにならず、多くの実行犯が逃亡したと主張している。
政府は、新学年が始まる9月1日、オセチア共和国内の学校の警備は引き上げられると発表した。だが、下の娘を2年前の事件で失ったAnneta Gadiyevaさんに安堵感は見られない。Gadiyevaさんは「政府にとっては私たちはどうでもいいこと。政府は、政治目的達成のためだけに私たちを利用する。また同じことが起きるかもしれない。社会も政府はベスランの事件で何も学ばない」と厳しい意見を述べた。
写真は、特殊部隊突入後、事件あった学校近くで少年をおぶり、走って避難する男性と、ボランティアの男性および待機する兵士。(2004年9月3日撮影)(c)AFP/YURI TUTOV