【11月1日 AFP】オランダ・エールディビジのPSVアイントホーフェン(PSV Eindhoven)は10月31日、ロナルド・クーマン(Ronald Koeman)監督が退団し、リーガエスパニョーラ1部のバレンシア(Valencia)の新監督に就任することを発表した。

 クーマン監督と共に会見に出席したゼネラル・ディレクターのJan Reker氏は「クラブとロナルドの間に問題は無い。我々は良好な関係を築いているが、バレンシアからロナルドを新監督に招聘したいと接触があった。我々のバレンシアに対する第1の疑問は『2008-2009シーズンでは駄目か?』というものだったが、ロナルドはスペインのトップクラブを指揮することが長年の夢だった。多くの者が不満に思っているが、ロナルドにとってバレンシアを指揮することは大きなチャレンジだ」と経緯を説明し、クーマン監督がバレンシアと2009-2010シーズン終了まで2年半の契約を交わしたことを明らかにした。

 クーマン監督の代理人を務めるGer Lagendijk氏は、会見の前に同監督が5日からバレンシアで新たな仕事に取り掛かることを明らかにしており、PSVでアシスタントコーチを務めていたトニー・ブルインス・スロット(Tonny Bruins Slot)と共に2日に正式契約を交わすものと見られている。

 Reker氏は「既に我々とバレンシアは十分な補償金が支払われることで合意しているが、クーマンは以前から我々と2007-08シーズン終了後に契約を延長するする意思がないことを示唆していたので、平行して将来に向けて計画を進めていた」と語っている。

 2001-02シーズンと2003-04シーズンにリーガエスパニョーラを制しているバレンシアは、10月29日に解任を発表したキケ・フローレス(Quique Flores)監督の後任として名の通った監督を探していた。

 バレンシアはリーグ戦で31日の9節を終えた時点で4位につけ、欧州チャンピオンズリーグ2007-08(UEFA Champions League 2007-08)でもグループステージに進出していたが、フローレス監督の解任は周囲を驚かせることはなかった。

 フローレス監督とフアン・ソレール(Juan Soler)会長は移籍方針と出費に対する意見の相違が1年以上前から取り沙汰されており、監督自身のサポーターからの人気も2006-07シーズンの欧州チャンピオンズリーグ(Champions League)でチェルシー(Chelsea)に準々決勝で敗れてから下火となり、ここ最近の不振が決定打となって解任は不可避となっていた。

 解任されたことについてフローレス監督は「仕事を失ったが人生を取り戻した気分だ。解任による痛みはあるが同時に安心もしている」と語っている。

 スペインのメディアは31日、バレンシアはレアル・マドリード(Real Madrid)の前監督ファビオ・カンナヴァーロ(Fabio Cannavaro)氏や、チェルシーの前監督ジョゼ・モウリーニョ(Jose Mourinho)氏に監督就任を打診したが断られたと報じている。

 現役時代1989年から1995年までFCバルセロナ(FC Barcelona)でプレーしたクーマン監督は、1991-92シーズンの欧州チャンピオンズリーグ(Champions League)の決勝でトレードマークであるフリーキックを直接叩き込んで決勝点を挙げ、チームに初のビッグイヤーをもたらせており、引退後は1998年から2000年まで同クラブでアシスタントコーチを務めた。

 代償として十分な補償金を得ることはできたが、第9節を終えてリーグ首位に立つPSVにとってクーマン監督の離脱は痛手となることに変わりはない。

 2005-06シーズンにポルトガル・スーペルリーガのベンフィカ(Benfica)を指揮したクーマン監督は、PSVの監督に就任した直後の2006-07シーズンに優勝を果たし、アヤックス(Ajax)時代の2001-02シーズンと2003-04シーズンに続いて監督としてキャリア3度目のリーグタイトルを手にしている。

 バレンシアは31日のレアル・マドリードとの第10節ではBチームを率いるオスカル・フェルナンデス(Oscar Fernandez)氏が指揮を執り、4日のマジョルカ(RCD Mallorca)戦でも引き続きフェルナンデス氏がベンチに座るものと見られており、クーマン監督の初戦は6日に行われる欧州チャンピオンズリーグ2007-08(UEFA Champions League 2007-08)のローゼンボリ(Rosenborg)戦が濃厚とされている。(c)AFP