【6月11日 AFP】南アフリカでは、自国のチームが出場するサッカー試合の前に、必ず、サポーターも選手もあまねく胸に手を当て、厳粛な面持ちで国歌を斉唱する。しかし、歌の途中で急に静かになったり、口ごもる人々の姿も見受けられる。

 南アには全部で11の公用語があるが、国歌には5か国語(コーサ語、ズールー語、ソト語、アフリカーンス語、英語)の歌詞が混在している。

 ヨハネルブルク(Johannesburg)に住むレラトさん(25)は、コーサ語、ズールー語、英語の歌詞だけ歌ってあとはハミングしている、と打ち明けてくれた。

「おかしいんですよ。出だしは全員大声を張り上げるのに、アフリカーンス語の個所に来たらほとんど誰も知らないものだから、歌詞をでっち上げるんです。そして、英語の個所で再び威勢良く歌うというわけです」

 そんな彼女も、前年12月に米国人聖職者らが行った行事をきっかけに、すべての歌詞を覚えようと決意した。 

■国も対策に乗り出す

 芸術・文化省のテンバ・マバソ(Themba Mabaso)氏は、11日のサッカーW杯南アフリカ大会(2010 World Cup)の南ア(通称バファナバファナ)対メキシコの開幕戦では、南ア人は歌詞をすべて歌うだろうと自信を見せた。 

 そのための努力も行ってきた。知らない言語の歌詞が出てきたら歌わないということが調査でも明らかになったため、すべての歌詞の意味を説明し各単語に簡単な読み方を付したパンフレットを作成。さらに、全国各地の地域組織とも協働して国歌斉唱の教室を開いたり、自宅でも練習できるようCDやMP3ファイル、携帯電話の着信メロディーとして利用できるようにした。 

 南ア国民の多くが国歌を歌えない一方で、レゲエ歌手ラス・ドゥミサニ(Ras Dumisani)は、前年フランスで行われたラグビー試合の前に音程を外すアレンジで国歌を歌い、南ア国民の激しい怒りを買った。 

 また、前年南アで開催されたコンフェデレーションズカップ2009(Confederations Cup 2009)の開幕戦では、国歌がわずか2行にまでカットされて歌われたことが国民の反発を招いた。この大幅カットの理由は一切説明されなかった。

■アパルトヘイト時代を思い出させる側面も

 少数派の白人が政権を握っていた時代、国歌は「ディー・ステム(Die Stem、南アフリカの声)」だった。一方黒人たちは、反アパルトヘイト(人種隔離)集会などで、黒人解放および白人支配への抗議のしるしとして「ンコシ・シケレリ・アフリカ(Nkosi Sikelel'iAfrika、神よアフリカに祝福を)」を歌った。

 しかし1994年に黒人政権が誕生。97年、ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)大統領は、国民統合の証しとして、2つの歌を1つに統合したものを国歌として制定した。

 こうした歴史を背景に、歌いたがらない黒人もいる。アフロポップの歌手タンディスワ・マザウィ(Thandiswa Mazawi)は前年、ある若者の祭典で国歌を歌うとき、アフリカーンス語の個所をわざと歌わなかった。

 マザウィはフェースブック(Facebook)上で、「国歌が憎い」と自分の思いを率直に語った。「アフリカのための国歌と祈りが、なぜ、この国と人民の価値と誇りを組織的にレイプしてきた国歌とあからさまに一緒にならなければならないんですか?」  

■1995年ラグビーW杯のエピソード

 アパルトヘイトはとっくに撤廃されているものの、南アではいまだに、サッカーは黒人のスポーツ、ラグビーは白人のスポーツと見なされている。

 国歌斉唱で、サッカー選手たちはアフリカーンス語の歌詞で黙り込み、ラグビー選手たちは黒人の言語で歌われる最初の3行を飛ばす、というのはよくある光景だ。

 芸術・文化省のマバソ氏は、1995年に南アで開催されたラグビーワールドカップの時のように、国歌が国を1つにする原動力となってくれればと願っている。この大会で優勝したのは、白人のアフリカーナー(オランダ系移民の子孫)の選手でほぼ占められた南アチーム。彼らは、コーサ語、ズールー語、ソト語の歌詞も歌えるよう、音楽のレッスンを受けていたという。

「国歌は、国を統一し南アのアイデンティティーを世界に示すもの。ワールドカップは、われわれの国民意識とアイデンティティーを強固にできる2度目のチャンスだ」とマバソ氏は語った。(c)AFP/Tabelo Timse

【参考】YouTubeに投稿された南アフリカ国歌の動画