【ニューヨーク/米国 12日 AFP】11日にマンハッタン(Manhattan)の高層アパートに激突した小型機を操縦していたのは、米大リーグ、ニューヨーク・ヤンキース(New York Yankees)のコリー・ライドル(Cory Lidle)投手(34)であることが明らかになり、同投手は死亡が確認された。大リーグ関係者やファンらは信じられない思いで事件を受け止めている。
■テロのつめ跡残るニューヨークに衝撃走る
ライドル投手が操縦していた小型機は、マンハッタンの東部にある50階建て高層アパートに激突した。9.11同時多発テロの爪跡が残る米国では一時、テロ事件の可能性も懸念され、米軍機をスクランブル発進させる一幕もあった。
ヤンキースの関係者らは、口々に衝撃を述べている。
「こんなにショッキングな出来事はない。ヤンキース関係者全員が動揺している」(ジョージ・スタインブレナー(George Steinbrenner)オーナー)
「ショックでいっぱいだ。大リーグ界全体も僕と同じだと思う。今年ヤンキースで久しぶりに一緒にプレーできることを喜んだばかり」(ヤンキースの主砲、ジェイソン・ジアンビー(Jason Giambi)。ライドル投手とはカリフォルニア州での高校時代から同期)
「ただ、ただ驚いている。彼は偉大なプレーヤーだった」(ジョー・トーリ(Joe Torre)監督)
「この数か月間、チームメイトとしてコリーとやってきて本当に素晴らしい人間だと知った」(デレク・ジーター(Derek Jeter))
大リーグ史上最高の2億ドルをかけたラインナップを誇るヤンキースは前日、プレーオフのアメリカン・リーグ地区シリーズで2年連続の敗退となったが、スタインブレナー・オーナーがトーリ監督の来期続投を発表したところだった。
■大リーグ関係者が次々に哀悼の意
ヤンキース関係者の痛々しいコメントに、ニューヨークのスポーツ・ファンは同情を寄せているが、古くからライドル投手を知るラリー・ボーワ(Larry Bowa)コーチの嘆きはさらに深い。ボーワ副コーチはフィラデルフィア・フィリーズ(Philadelphia Phillies)での監督時代から、ライドル投手と接してきた。
「悲しい現実は、人生はこんなにもあっさり終わるということ。そう考えると、野球なんて人生の優先リストでは低いものだ」
ボーワコーチは、ライドル投手が移動中の飛行機の中でポーカーに熱中していたことを回想する。わずか3日前も、元ヤンキースの伝説的選手レジー・ジャクソン(Reggie Jackson)氏と3人で夕食を囲んだばかりだった。
「ショックが大きすぎて、何も感じられない。ピンストライプのユニフォームを着て感激していたのに。ライドルは毎日、本当によく戦っていた」
大リーグ機構(Major League Baseball Commission)のバド・セリグ(Bud Selig)コミッショナーは、「コリー・ライドルの突然の死に野球界全体が衝撃と悲しみにくれている。遺族には心からお悔やみ申し上げる」と声明を発表した。
2002年にアスレチックスのコーチとしてライドルを指導したメッツのリック・ピーターソン(Rick Peterson)コーチは、「『悲しみ』という言葉では表しきれない。悲惨で信じがたく、こんなことが起こるなんて非現実的とさえ感じる」と語った。
■7チームで活躍の足跡残す
ライドル投手は1997年に大リーグデビュー。ニューヨーク・メッツ(New York Mets)のリリーフ投手としてキャリアをスタート、以後、タンパベイ・デビルレイズ(Tampa Bay Devil Rays)、オークランド・アスレチックス(Oakland Athletics)、トロント・ブルージェイズ(Toronto Blue Jays)、シンシナティ・レッズ(Cincinnati Reds)と渡り歩き、2006年7月30日に、メジャー新記録ホームラン・バッター、ボビー・アブレイユ(Bobby Abreu)とともにフィラデルフィア・フィリーズからヤンキースに移籍したばかりだった。
2001年には自己ベストである13勝6敗のシーズン記録を達成。2002年には対テキサス・レンジャーズ(Texas Rangers)戦で1ヒットに抑え、初の完封試合を達成。生涯成績は82勝72敗、防御率4.57。今期は12勝10敗、防御率4.85、ヤンキース移籍後は4勝3敗だった。悲劇的な死の4日前の7日、デトロイトでヤンキースが8対3で敗れたプレーオフ戦で、リリーフとして1イニング1/3を投げ、4ヒット3走者を許したのが最後の試合となった。
写真は7日のタイガース戦に出場した際のライドル投手。(c)AFP/Getty Images