【日本UNHCR協会】
イラク戦争開始から5年。150万人ものイラク人が難民として身を寄せるシリアでは、長引く避難生活で蓄えも尽き、難民たちは日々焦りを募らせています。将来のイラクの国づくりを担う子どもたちは、学校に通うことを心の拠り所としていますが、学校に通えなくなる子どもたちも増えているといいます。一人でも多くの方々のご支援が求められています。2008年4月4日~10日、シリアのダマスカスを訪問した日本UNHCR協会 事務局長 根本かおるの緊急報告です。
世界最大規模の難民登録センター
「2007年3月にオープンしたドゥマ難民登録センターは、週におよそ800ケース、人数にするとおよそ3000人もの登録が46ものインタビュールームで行われています。UNHCRにとって、世界最大の難民登録センターです」- こう説明してくれるのはUNHCRシリア事務所で難民登録を取り仕切る砂山その子登録担当官。シリアの首都ダマスカスのドゥマ地区のUNHCRの倉庫を改装してつくったこの難民登録センターは、とにかく大きい。インタビューの予約を受け付ける窓口から、大きな待合室、子どもが遊べるスペース、登録手続きの説明が整然と流れるビデオ・スクリーン、そしてインタビュー・ルームがずらり並ぶ廊下など、まるで工場のようだ。UNHCRでは、すでにおよそ18万人のイラク難民を登録している。
間仕切り板とカーテンとで区切られたインタビュー・ルームで、難民の家族ごとに詳細にわたるインタビューが行われる。氏名、家族構成、生年月日、出身地、職業などの基礎データに加えて、なぜイラクを追われたか、シリアでの安全状況はどうかなどについて、聞き取り調査がなされる。一家族平均45分から1時間。難民登録が終わると、18歳以上の一人一人に対して、難民登録証が発行される。難民として登録されることは、特別な保護を必要とされる難民であることの証であり、違法滞在などの理由でイラクに強制送還されそうになった場合には、UNHCRは全力で阻止することになる。さらに、難民登録は、食糧や毛布、せっけんなど支援物資の配給や、医療サービスや学校教育へのアクセス、制服や文房具の支給といった支援にもつながるため、厳しい生活を支えていく上でも非常に重要だ。母子家庭や女性に対する暴力の被害者などの特別な配慮が必要な女性たちや、拷問の被害者、シリアで安全が確保できない人々などは、第二のふるさととしてアメリカ、カナダ、スウェーデンなどの第三国に定住できるよう、UNHCRが仲介をすることになる。
難民登録のインタビューに同席させてもらう。夫婦と子ども6人の、イラクのサマワ出身の家族。もう一人息子がいるが、2006年3月にサマワで誘拐されて以来、行方不明だと言う。「息子が二人、学校の帰りに誘拐され、6万ドルの身代金という要求に対して、車などを売って何とか用意できたのは4万ドル。結局一人しか返してもらえなかった。大きな家も、爆撃にあって、破壊されてしまった」と涙ながらにぽつり、ぽつりと語る父親。子どもたちはずっと俯きがちで、涙をこらえることができない。特に、誘拐に遭った息子は、猫背でかつ全く表情が無かった。一人、18歳の長男が、むずがる幼い弟を自分の携帯電話であやし、明るく振舞っている。この18歳の若者が鍛冶屋として働いて、家族を養っているという。彼はこちらの質問に対しても何とか明るく答えようとするなど、家族の負担を一身に担っていた。「未来への願いは」と聞くと、「身の安全。そして、安全になったイラクにいつの日か帰りたい」と父親。聞くと39歳だというが、深いしわが刻まれた顔は50歳には見える。
都市型難民に対する支援活動の難しさ
難民登録センターで見かけたイラクを逃れてきた人々は、大変な生活の中でも身なりはきちんとしている。母子家庭や身体の不自由な人を持つ家族などには、生活保護費が支払われるが、それも、銀行の現金自動支払機でATMカードで引き出すシステムになっている。生活に困っていると言っても、携帯電話を持っている人々がほとんどなので、携帯に電話を掛けるかSMSメッセージを送って連絡を取る。UNHCRが支援するシリア赤新月社の診療所は、非常に清潔で、眼科も歯科もある。アフリカやアジアの最貧国の難民キャンプで見かける風景とは、何ともかけ離れた世界だ。
難民キャンプでは難民たちが固まって暮らしているため、ある意味ではニーズを把握し、援助活動を提供しやすい。ところが、シリア政府の推定でおよそ150万人にものぼるイラク難民が、それぞれに部屋を借りるなどして地元のコミュニティーに溶け込んだ形で暮らしていると、実態把握が実にむずかしい。イラク難民はシリアでは原則として合法的に仕事につくことができないため、イラクからシリアに逃げてきた当初はまだ十分にあった蓄えも少なくなり、時間とともにより絶望的になってきている。以前は地位のあった人が肉体労働や清掃業、ウェイターなどの仕事に就き、子どもが学校に行かずに物売りや廃品回収などの仕事をしたり、夜の街で仕事をするイラク難民の女性もいる。また、UNHCRの委託で行われた調査では、調査対象のほぼ全員が、シリアに逃げてくる前に、イラクで脅迫や暴行、爆撃や家族を殺されるなどの外傷性の事件・事故を経験していることが明らかになっており、うつや不安症に陥る懸念がある。逃げてくる前は教育もあり、社会的地位もあった人たちが少なくなく、全てを失った後の絶望感は想像に難くない。こうした心のひずみは、外見からはなかなか分からない。UNHCRシリア事務所の広報担当者曰く、「hidden, middle-class crisis (見た目にわからない、中流階級の難民危機)」なのだ。
彼らが抱える問題やニーズをていねいに拾い上げていくために、難民のボランティアたちが家庭訪問を行っている。家庭訪問員は全員女性だ。グループ・ディスカッションで統率力や他人への配慮などを試され、選抜された人々だ。女性の方が職務質問などされる危険性が少なく、また他人の家庭からも受け入れられやすいとのこと。まだ難民登録していない家族に登録を勧めたり、生活保護の対象になりそうな家族の申請を手伝ったりするなど、個別ケースに沿った解決策を提案するとともに、UNHCRに対してニーズを伝えるという仲介役を担っている。現在はおよそ40人だが、UNHCRとしては今年中にこのプログラムを強化して、200人にまでしたいと計画している。
彼女たちが活動の拠点としているUNHCRのコミュニティー・センターに集まってもらって、話を聞く機会に恵まれた。コミュニティーを支えているという自負から来るのだろう、大変な状況にあっても彼女たちの顔は輝いていた。聞くと、先生、技師、大学教授、医学生など、教育水準が高く、英語を流暢に話す人が多い。「時間はいくらでもあるのだから、せめて仲間のために役に立ちたくて」と言う。中には、余りに責任感が強く、自分が助けることができなかった人たちのことがやるせなくて、涙する女性もいた。彼女たちは、学校に行けない子どもたちのことを、深刻な問題の一つとして挙げた。
学校に行きたい
イラクを追われた子どもたちが学校に通うことができなければ、将来のイラクを支えるべき世代が、全く教育を受けられずに社会から取り残されてしまうことになりかねない。教育は将来への投資であり、かつ平和を築くもの。UNHCRにとっても、シリア政府にとっても、そして難民たちにとっても、子どもの教育は最優先課題の一つだ。
イラク難民の子どもたちは、シリアの公立の学校にシリア人と一緒に通うようになっているのだが、すでに定員をはるかに超えている学校ではこれ以上受け入れる余裕がない、制服や文房具など必要な備品を買う金銭的余裕がない、親の収入が少ないため子どもが働きに出なければならない、イラクで受けた暴力や拷問のために心の傷に苦しんでいる ―
イラク難民の子どもが学校に通えない事情は様々だ。そこで、UNHCRとユニセフは、2007年夏から共同でイラク難民の子どもたちに対して、学校・教室の拡張や教育機材の提供、補充教員の養成、制服・文房具の提供などの「Back to School」キャンペーンを実施している。シリアで学校に通うイラク難民の子どもの数は、キャンペーン開始前の3万人余りから2008年4月時点で4万7千人余りとおよそ50%増えてはいるが、当初の予想よりも伸びは低く、また、一度は入学したものの学校に行かなくなった子どもたちも多いと聞く。
イラク難民の子どもたちに教育を!~UNHCR・ユニセフ共同アピール~
子どもの働きが無くては一家が食べていけない、シリアのカリキュラムが難しい、同じアラビア語でもシリアの方言が分からない、何年か間をあけて学校に復帰して授業内容についていけない、シリア人の子どもから差別を受ける、学校が離れている場合に親が子どもに何かあってはと心配する、イラクで学校が爆撃にあった、あるいは通学途中で誘拐された体験から学校が怖いなど、様々な理由が挙げられる。中には、シリア政府の政策に反して、現場では「イラクでの通学証明書あるいは成績表を持っていないから、受け入れられない」などと入学を拒否される例もある。UNHCRでは、補習のレッスンを拡充するとともに、こうした現場の対応を積極的にただすことにしている。
訪問したマエン・イブン・ザエダ小学校では、生徒300人中50人がイラクを逃げてきた子どもたち。イラク難民の子どもの受け入れを促すために、校庭が整備され、男女別にお手洗いが増設されていた。難民が多く住む地域からはやや離れているが、通学の便宜をはかるために、イラク人の親たちがお金を出し合ってスクール・バスを仕立てている。こうしたイニシアティブをとる親もいると知って、嬉しくなる。「将来の夢は?」とイラクの子どもたちに聞いてみた。「お医者さん-みんなの病気を治してあげたい」「学校の先生-ひとが好きだから」「エンジニアになって、イラクの再建に役に立ちたい」と元気な声が返ってくる。悲惨な体験をしてきた子どもたちにとって、学校は心の安らぎの拠り所であり、唯一の希望の源と言えるだろう。
イラク難民の道化師グループ、大活躍
「夫を殺され、子ども4人とシリアに逃げてきました。シリアには頼れる人は誰もいません。UNHCRからの生活補助として月に7000シリア・ポンド(およそ1万5千円)をもらっていますが、これでは家賃もカバーできません」と語るのは、UNHCRのコミュニティー・センターで出会った北イラクのモスル出身の女性。経済的な余裕が無いため、16歳の双子の息子は学校にやれず、14歳の娘と7歳の息子だけが学校に通う。一緒にいた、将来は弁護士になりたいという14歳の娘さんに、学校は楽しいか聞いた。「辛いです。今日は体育の授業用の体操着が無いので、結局学校に行けなかったんです」と言う。「上の息子二人はうつ状態で家に引きこもっています。下の7歳の息子は落ち着きがなく、自分の思い通りにならないとすぐものをこわしてしまう。家族に起きた悲惨な出来事や今の厳しい生活が影響しているのでしょう。とにかく、子どもたちのためにも、よその国に行って新しい人生を送りたい」とやるせなさそうに語るおかあさんは、子どもに十分なことをしてやれないことが何とも辛そうだ。
大変な体験をしてイラクを逃げてきた子どもたち。シリアでの生活もまた厳しく、なかなか大声で笑える機会も無い。そうしたイラク難民の子どもたちに少しでも笑いを提供しようと、奔走する道化師3人組がいる。アリ、ラフマン、そしてサイフの3人も同じく難民だ。イラクで5人でチームを組んで子どもたちにショーを演じていたところ、理由不明の脅迫を受け仲間二人を殺害され、生き残った3人はシリアに逃げてきたのだ。毎日ドゥマ難民登録センターで子ども向けのパフォーマンスを行う。難民登録の待ち時間でくたびれた子どもたちの顔に、ぱっと笑顔が広がる。娯楽の少ない大人たちも大喜びだ。コミュニティー・センターでもショーを行う。沈みがちな子どもたちに少しでも気持ちが晴れる機会を提供するとともに、「学校に行こう」と子どもたちに呼びかける。
2007年6月20日の「世界難民の日」に難民登録センターで上演した地元の道化師のショーが成功し、これはいいアイディアだと考えたUNHCRがピエロのボランティアを募集したところ、3人が応募したのだ。「イラク難民の子どもたちは自分たちが愛されていると感じる必要があるのです。僕たちも難民だから、子どもたちもなついてくれるし、僕たちのメッセージをちゃんとわかってくれます」とサイフさんらは語る。
このような才能を持った難民たちは、サイフさんらピエロ3人組だけではない。イラク戦争の開始から5年 ―
2008年3月、ダマスカスのフランス文化センターにイラク人の画家や音楽家や詩人、そして道化師3人組が集まって、絵画展やコンサート、パフォーマンスのフェスティバルを行った。「イラク難民のアーチストたちが、5年にもわたる大変な苦痛と悲しみの中にあってそれぞれの才能を通じて表現活動を行うことは、まさしくイラクの人々のたくましさと勇気を表しているのです」とフェスティバルを企画したUNHCRシリア事務所のローレンス・ヨレス代表は言う。難民たちを尊厳ある存在として捉え、才能と可能性を引き出すことを狙いとするこのフェスティバルは好評を博し、一部についてはヨーロッパやアメリカでも展覧会が企画されている。UNHCRシリア事務所では、「Express Yourself (表現しよう)」キャンペーンと銘打って、イラク難民たちの手による様々なイベントを計画している。
シリア政府の推定で150万人にものぼるイラクを逃げてきた人々を支え続けていくことは、大変な事業だ。UNHCRでは200人余りのスタッフをシリアに配置して任務にあたっている。心配なのは、シリアでの2008年の事業計画で必要な1億3800万米ドルのうち、4月現在およそ40%にしか過ぎない5600万米ドルしか活動資金として確保できていないことだ。特に、子どもたちの将来に非常に大切な学校教育については、教育プログラム向け当初予算のわずか20%の935万米ドルしか活動資金が集まっていない。
日本の戦後復興と経済発展においては、学校教育の普及の果たす役割が大きかった。マエン・イブン・ザエダ小学校の子どもたちが夢として語っていたように、将来のイラクの国づくりに貢献するのは、イラク難民の子どもたちだ。より多くのイラク難民の子どもたちが学校に通い、将来の人材がしっかり育つよう、皆様にはどうか温かいご支援をお願いしたい。
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