【11月16日 AFP】米中央情報局(CIA)のデービッド・ペトレアス(David Petraeus)長官を失脚させたネット捜査が、オンラインプライバシーと個人メールアカウントへの政府の潜入能力をめぐる議論に火を着けている。

 米国自由人権協会(American Civil Liberties UnionACLU)で「プライバシーとテクノロジー・プロジェクト」を担当するクリストファー・ソゴイアン(Chris Soghoian)氏は「CIA長官でさえネット上の私行を隠せないのだから、私たち一般人のプライバシー保護など望むべくもない」と語る。「今回の件は、中立的な判断に基づいた捜査令状や裁判所命令なしに、政府がどこまで通信の匿名性というベールを破れるかという点を浮き彫りにした。1つの警告として捉える必要がある」

■不倫発覚は別捜査の「棚ぼた」情報

 ペトレアス氏は9日、自身の伝記の共著者であるポーラ・ブロードウェル(Paula Broadwell)米陸軍予備役少佐(40)との不倫関係が発覚し、辞任した。

 2人の関係は、ペトレアス前長官とアフガニスタン駐留米軍のジョン・アレン(John Allen)司令官が共通で親しくしている女性、ジル・ケリー(Jill Kelley)さんが米連邦捜査局(FBI)捜査官の1人に脅迫メールを受け取ったと語ったことが発端で偶然、発覚した。訴えを受けて脅迫メールの捜査に当たったFBI捜査官らは、その過程でペトレアス前長官とブロードウェル氏の電子メールのやりとりを発見した。

 後に捜査当局は、ケリーさんに対する脅迫メールの送信元としてブロードウェル氏にたどり着いている。

■不明な法的根拠、捜査権限乱用の指摘も

「ここで問題なのは、一体どういう許可が与えられたのか分からないという点だ」と、米シンクタンク「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)」で「テクノロジーと公共政策プログラム」のディレクターを務めるジェームズ・ルイス(James Lewis)氏は指摘する。FBI捜査官がブロードウェル氏の電子メールの内容を見ることを同氏が承諾した際、事前に自分の持つ権利について説明を受けたかどうかも不明だという。

 この点についてルイス氏は、米国家安全保障局(National Security AgencyNSA)などの諜報機関がテロリストを追跡しているときでさえ、電子メールにアクセスするためには「非常に緻密な法的条件」を満たさなければならないのに、と驚きを示した。

「令状なしで電子メールを閲覧する際のルールを明確にしておく必要がある。裁判所の承認がなければ捜査はできない、それが原則だ」(ルイス氏)

■Gメールのデータ提出要求か

 今回の捜査においてFBIがどのような手法を用いたのかは現在、明らかになっていない。米グーグル(Google)が提供する電子メールサービス「Gメール(Gmail)」のブロードウェル氏のアカウントへのアクセスを認める裁判所命令を取得したのではないかとの報道もある。

 グーグルは今週、年2回発行する透明性に関する報告書の中で、各国政府によるユーザーのデータ提出要請件数が増加していると述べている。世界中の政府機関からグーグルに寄せられた要請は2012年1~6月の半年間だけで2万938件を数え、うち7969件は米政府からだった。グーグルではこうした要請の9割に応じたという。

 米シンクタンク「ケイトー研究所(Cato Institute)」のジュリアン・サンチェス(Julian Sanchez)研究員は、今回の件でFBIは「目的の定かでない情報漁り」を始めてしまったようだという。その結果、関係者の電子メールからペトレアス前長官へ、さらにアレン司令官へとスキャンダルは飛び火していった。

 サンチェス氏は「FBIがどんな権限をもって捜査を行ったのか、また何が捜査に相当する理由だったのかは不明」で、犯罪行為があったのかどうかさえ明らかでないと述べ「捜査権限の乱用に見える」と批判している。

 拡大するスキャンダルをきっかけに、米議会では新たな法案策定の動きが加速しそうだ。米上院司法委員会のパトリック・レーヒー(Patrick Leahy)上院議員(民主党)は、インターネット企業から電子メールの内容を取得するためには「犯罪行為を疑うに足る相当な理由」に基づいた裁判所令状を必要条件とする法案を提出した。

■「制御不可能な捜査の逸脱」を懸念

 ACLUのソゴイアン氏いわく、ペトレアス前長官の一件はより厳格な法制度が必要だということを改めて示した。同氏はブログに「電子メールに対する法的保護が本来あるべき姿から大幅に立ち遅れている現実への注意を喚起するものだ」と投稿している。

 ワシントンを拠点とする米非営利団体「民主主義・技術センター(Center for Democracy and TechnologyCDT)」のグレゴリー・ノジェイム(Gregory Nojeim)氏は今回の件を機に、ようやく米国の議員たちもデジタル・プライバシー問題に目覚めるのではないかと話す。

「ペトレアス氏への捜査は、電子メールなど電子通信に対して強力なプライバシー保護を設けることが極めて重要だということを示している。そうした保護なくしては、捜査はあっという間に拡大し、本来の被疑者から遠い人物にまで及びかねない。制御できないほど逸脱する恐れさえある」と、ノジェイム氏は懸念を表明している。(c)AFP/Rob Lever