【7月8日 AFP】3日のタイ下院選挙はタイ貢献党(Puea Thai)が圧勝し、同党党首のインラック・シナワット(Yingluck Shinawatra)氏(44)がタイ初の女性首相に就任する。だが、あまりにも有名なタクシン・シナワット(Thaksin Shinawatra)元首相を兄に持つインラック氏の勝利を、女性権利拡大の新たな1章とみなすことはできないという声も聞かれる。

 2か月前にはほぼ無名だったインラック氏の躍進は、国外逃亡中ながら今も国外から党をコントロールするタクシン元首相に負うものだ。従って、男女同権の理念が「ガラスの天井」を突き破ったというよりも、男性の尻馬に乗った勝利と言ったほうがふさわしいというのが、タイのフェミニストたちの意見だ。

「タクシンのおかげで勝利したのだから、誇らしくなんかない。民主化運動を20年間戦いながらも、まだミャンマーの首相になっていないアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏とは比較にならない」と、タイの「ジェンダー開発研究所」のSutada Mekrungruengkul所長は切り捨てる。

 確かに、インラック氏は2006年のクーデターで追放された兄を継ぐポピュリスト路線の復活を打ち出しており、タクシン元首相もインラック氏を自分の「クローン」と呼んでいるほどだ。

■ アジア女性が政治家になる図式

 タイでは、実業界における女性の進出度は高い。コンサルティング会社、グラント・ソーントン(Grant Thornton)の今年序盤の調査によると、企業の上級管理職に女性が占める割合は世界平均では20%だが、タイでは45%だ。インラック氏もつい最近まで不動産会社の社長など、シナワット一族の系列企業で役職を歴任してきた。

 その一方で、タイの政界では女性の進出が遅れている。07年のタイ下院選挙で女性が獲得した議席は全体の13%。世界平均の19.5%やアジア平均18.3%の後塵を拝している。

 しかし、アジアでは、有力な政治家一族の名前に女性との条件が加わると「非常に強力な方程式となる」と、タイ専門家のクリス・ベーカー(Chris Baker)氏は分析する。インドのインディラ・ガンジー(Indira Gandhi)元首相、パキスタンのベナジル・ブット(Benazir Bhutto)元首相、フィリピンのコラソン・アキノ(Corazon Aquino)元大統領などは、政治家だった男性親族の後を引き継いだアジアの女性政治家の例は少なくない。

 女性が政治家になるための図式としては十分だろう。しかし、女性の権利拡大を求める運動家たちは、選挙戦中から女性問題を避けてきたと、早くもインラック氏批判を展開している。そもそもインラック氏にとって男女同権が重要課題なのかも疑わしいと問う声も多い。

 「選挙戦中、インラック氏は女性の権利について一言も口にしていない」と話すSutadaさんは、「タイにはまだ、女性に対する暴力や差別など女性に関する問題が山積みだ」と指摘。さらに、タイの女性人口3200万人のうち、大半が貧困地区や辺境地域に暮らしていると付け加えた。

 チェンマイ大学(Chiang Mai University)の女性学研究所の講師、Arpaporn Sumrit氏も「インラック氏は解剖学的には女性だが思考的には男性だ。彼女が女性のために特別素晴らしいことをするとは思えない」と述べ、期待を示してはいない。(c)AFP/Michelle Fitzpatrick