2007年8月6日、オーストラリアのシドニー沖に沈んでいた第2次世界大戦中の旧日本海軍小型潜航艇M24の乗組員らの追悼式を行う関係者。(c)AFP/Dean Lewins
【8月6日 AFP】第2次世界大戦中の1942年、オーストラリアのシドニー湾に対する奇襲攻撃に参加して姿を消し、2006年末にアマチュア・ダイバーによって同沖約5キロの海底で発見された旧日本海軍の小型潜航艇M24の乗組員ら2人の追悼式が6日、現地で行われた。式典には同兵士らの子孫や日豪両政府の関係者らが出席した。
追悼された旧日本海軍の兵士は、故・伴勝久中尉と同・芦辺守一等兵曹(階級は当時)。オーストラリア政府が保管する資料によると、M24は1942年5月31日、ほかの2隻の2人乗り小型潜航艇とともに沖合いに泊まった母艦から発進、奇襲を狙ってシドニー湾に入った。ほかの2隻は発見されて自爆し、残骸(ざんがい)は現在、キャンベラ(Canberra)のオーストラリア戦争記念館に展示されている。
■行方不明の潜航艇M24、昨年発見
M24は停泊していた米軍の重巡洋艦「シカゴ(Chicago)」へ向けて魚雷2発を発射し、1発はオーストラリア軍の母船「クッタバル(Kuttabul)」の下で爆発、水兵21人が死亡した。M24はその後シドニー湾内から脱出したが、昨年発見されるまで行方が分からないままだった。
■日本兵の遺族も式典に参加
式典はシドニー湾内のオーストラリア海軍基地で行われ、日本兵2人の遺族および日豪両政府の関係者らが出席した。海上自衛隊の訓練部隊によるパレードも行われた。上田秀明(Hideaki Ueda)駐オーストラリア特命全権大使は、第2次世界大戦は両国にとって「暗い時代だった」が、その後の関係回復には目覚ましいものがあり、「この追悼式は過去の過ちを繰り返さないことを厳粛に思い出すためのものだ」と述べた。
オーストラリア軍の水兵たちは「Last Post and Reveille」を演奏し、海上自衛隊の隊員らは旧日本海軍の式典歌「海ゆかば」を歌った。故・伴勝久中尉の実の弟に当たる74歳の男性は、オーストラリアの人々や軍が過去に敵だったこともあるが、今は追悼への思いを共有してくれていることに感謝すると述べた。また同潜航艇による奇襲で唯一生き残ったオーストラリア軍側の元兵士(83)は、「小型艇による攻撃を行った2人の想像を絶する勇敢さに敬意を払う」と述べた。
オーストラリア政府は、同連邦の沈没船を史跡として保護する法律に基づき、M24船内に残されていると思われる日本兵の遺体引き揚げは行わないと決定している。(c)AFP
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