【12月3日 AFP】レゲエソング「Don't Worry, Be Happy」のBGMが陽気なムードを醸し出す、ここロンドン北部のダンススタジオ。床には赤や緑色のクッションがあちこちに置かれ、初対面同士の人々が緊張した面持ちで輪になって座っている。彼らは、これから行われるハグ(抱擁)ワークショップの参加者たちだ。

 まずは主催者のアンナ・ネイサン(Anna Nathan)さん(36)が軽やかな声でルールを説明する。「やりたくない事は何ひとつやらなくていいです。服はちゃんと着ていてください。性的なエネルギーは封印しましょう。キスは禁止です」

 ワークショップに集まった20数人ほどの男女は、離婚したばかりで「ハグが必要」という30代や長い間恋人がいない人、現在つきあっている彼女に「嫌気が差している」という若い男性、仕事を退職した男性など。これからワークショップで互いをよく知っていくことになる。

■互いに触りあうエクササイズ

 最初は音楽にあわせて指を鳴らし部屋を歩き回るエクササイズからスタート。その間に互いの指先や肩、足、耳、そして臀部(でんぶ)に軽く触れながら徐々に打ち解ける。最初はちゅうちょしていた参加者たちも、すぐに笑い出し、緊張がほどけてゆく。

 次の4時間、参加者はまずペアに、次に小グループ分けられ、ネイサンさんとワークショップの共同主催者ニール・アーカート(Neil Urquhart)さん(42)の指導でお互いの身体のあらゆる場所をなでていく。ただし、腰周りや下腹部に触れることは禁止だ。

 「会ったばかりの人とハグしちゃうわけ?と、ワークショップの間何度か思った」と参加者のひとり、米国人学生のベイリーさん(20)は言う。「他の状況なら妙なことだけど、みんなワークショップのために来た人たちだから大丈夫」

 ベイリーさんは、ロンドンにこんな教室が存在することに驚いたと言う。「カリフォルニアなら想像つくけど。生徒はヒッピーたちでね」

 ワークショップの最後、参加者たちは全員で床に横になり、触れ合って抱きしめ合うエクササイズをする。もちろん、ここでもルールは厳守だ。

■悲喜こもごもな面も

 このワークショップは月に2回ほど、日曜の午後に開催されており、参加費は29ポンド(約3800円)だ。

 しかし、ワークショップの全てが良いことずくめというわけでもない。

 洗いたてのシャツを着ていた男性参加者との触れ合いは「本当に素敵で心地よかった」というベイリーさんだが、次に触れ合った男性は「もういや!ってなる感じだった」と話し、自分自身が臭っていないかとも心配になったという。

 参加者たちは香りの強い香水やローションなどをつけてこないよう、事前に忠告されている。

 もちろん、いかがわしい動機を持ってワークショップに参加する人がいるのではないかとの懸念も付きまとう。しかし、ワークショップ中はネイサンさんとアーカートさんが参加者たちを注視している。2年前にワークショップを始めて以来、ネイサンさんたちが注意する必要が生じたのは数回ほどで、参加者を引き離すような事態は皆無だという。

■アフターケアで夕食会も

 米国では最近ハグ・パーティーが流行っているが、ネイサンさんたちのワークショップの目的も同様で、電話やパソコン画面での交流が増えた現代社会に、ぬくもりを提供することだ。

 一方、このようなワークショップを終えた後で、現実社会に戻るのには勇気がいる。

「ワークショップが終わって、そのまま外に出てバスや地下鉄に乗ってまっすぐ帰宅したら、心が寒く寂しくなってしまうだろうね」と42歳で独身のアンドルーさんは話す。ネイサンさんのワークショップに、これまで10回参加したというアンドルーさんは「目に入る全ての人を抱きしめたくなるんだ。ぼくの目前にいようと、いなかろうとね」と、ワークショップを終えた後の感想を語った。

 ワークショップと現実社会とのギャップで参加者たちが受けるショックを和らげるために、ワークショップの後には近くの店で夕食会が開催される。この夕食会はワークショップで出会った参加者たちが、より親密になれる機会でもある、参加者たちの中には次に会うとき、今度はルールなしで抱擁し合う人たちもいるかもしれない。(c)AFP/Beatrice Debut